まんまるログ

融通性か?和・洋・中・無国籍・ジャンクとなんでも食べる胃袋と脳みそ。

薔薇の名前

2016年03月29日 | 映画
深夜 “薔薇の名前 ”を見た。

三度目かな❔いや 四度目か。
記号論学者ウンベルト・エーコ原作➡難解な部分が多い…それでも惹かれる。
名匠ジャン=ジャック・アノー監督➡子熊物語 愛人/ラマン スターリングラード どれもが好きな映画 。
名匠にはほど遠い…地平線の向こうの私なので、名匠と言う言葉に弱いという劣等感はあるが…¨ラマン¨のラストの女性の心情にはしびれた。

“薔薇の名前 ”に戻る。
700年ほど昔のイタリアのカトリック修道院が舞台。
ベネディクト派である。
戒律が厳しい。
フランチェスコ派の修道士ウィリアム(ショーン・コネリー)とその弟子アドソ(C・スレーター)が、その舞台にやってきた。
当時見習い修道士であったアドソの回想で始まる。
修道院内で起きる奇怪な連続殺人事件。
着く早々院長から依頼されたことは、ある若い修道士の死に関する謎の解明。
その謎の先が見えないないうちに、一人また一人と、命を落としていく修道士。
事件の背後に見え隠れするのは一冊の本。
その本のページには毒が塗られている。

修道院の図書室(雰囲気が…空気が…密度が迫りくる画面)…“発禁の書”が殺人の元凶…なかなかに奥行きが深い。
「アリストテレス 詩学 第二部」が犯人である。
全体的に暗いトーンの画面が中世という時代の暗黒を感じさせて余る。
聖書の知識や神学に精通していればいるほど…この映画を面白く見ることができると思う。
知識のない私でも魅かれるのだから…

宗教は魂を救済するものかどうかは広範で深淵で私には手に余る…しかし信仰心は大切であると思う。
何を信仰するのかは個人の自由意志である。

宗教のための宗教になってしまったり…信仰のための信仰になってしまったりすると要注意。
時に逸脱が生まれる。
本来の目的自体が失われる…こともあるのだ。

“薔薇の名前”という題名の意味が気になって何度も見る。
気になって思い出そうとする…忘れている。
見る。
又…忘れる 
その繰り返しで見ている映画がある。
そんな一作。

(早稲のチューリップ)

教会に残飯をもらいに来る農村の娘。
薄汚れた衣服と身体。
家族の食を得る為の背信行為…汚れているが彼女の顔も肢体も美しい。
語り部であるアドソの初恋の相手。

映画の題名の意味は…。
なんとなく理解できる。

今日もやっとこさ眠れる。
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