ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

将王 13手目「静寂」

2016-01-05 21:27:07 | 小説
第6局。すでに遠山が将王を8割方、手にしたような周囲の喧騒の中で、小倉は必死に平常心を取り戻そうとした。

「実際に3勝2敗で王手をかけているのは自分で、遠山は普通に指せれば負ける相手ではない」と言い聞かせる。それでも押し寄せてくる重圧に押しつぶされそうになる。

対局が始まっても、まだ小倉の内なる闘いは続いていた。一手一手に時間を費やし、かみ締めるように指していく。対する遠山は早めの着手が続き、戦況もまた第5局と同じく、遠山が攻め、小倉が受ける展開になった。

膠着状態がしばらく続いた。1日目が終わり、2日目の昼前になっても手数は進んでも、遠山に決定打はなく、小倉も反撃には至らなかった。

小倉は決意を固めていた。「その場、その場の最善手を指す」と。あえて視野を狭くし、盤面のみに集中した。その執念に気押されたのか、小倉の粘りに嫌気が差したのか、遠山が悪手を指した。その隙を見逃さず、小倉の反抗が始まった。

小倉が攻め出してからは早かった。午後4時12分、遠山投了。将棋界に静寂が戻った。勝った小倉にも笑顔がなかった。ストレートで勝つと決めていた相手に二度も負けた。それに自分が勝っても、周囲は喜ばない。それどころか、皆が一斉にうつ状態に陥ってしまったのではないかとさえ感じさせ、自分の存在意義をすぐには見出せなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする