ボランティア仲間の友人が、この春に結婚。GWには日本の挙式に出席したのですが、日韓カップルということで、韓国・大邱(テグ)でも挙式を行うとのこと。それなら、日本から盛り上げに行かねば!
ということで、こちら側も婚約者と2人連れ立って、韓国に渡ることにしました。
今回は、往路・ビートル、復路・カメリアライン利用のパックツアー利用です。朝10時の便に乗るため、9時前に博多港国際ターミナルにやって来ました。
2階には、韓国の薬局と見紛うような売店がオープン。ハングル表記ばかりの中で日本の薬が売られるという、珍百景登録できそうな風景です。
この春はマーズで大騒動になった韓国ですが、7月にはだいぶ落ち着き、南部には終息宣言も出されました。やれやれと思っていたら、今度は台風が来襲。一昨日、昨日と欠航になりやきもきしたものの、本日10時の便から再開となりました。
新婦家族とも同じ船になり、まずは一同、出発できることに安堵です。ただし悪天候時には引き返すという、条件付き運航。JR九州高速船の力量を信じて、博多港を離れました。
船内映画は、以前は邦画か洋画が中心だったのですが、今回上映されていたのは韓国の「最強ロマンス」。円安で韓国客が優勢になっていることが、こんなところからも分かります。なかなか面白くて、眠気を忘れ熱中していました。
前半は多少の揺れがあったものの、後半はむしろ凪いでいたくらいで、快適な航海。酔うこともなく、無事に釜山港に入港しました。
昼も1時が過ぎて腹ペコということで、地下鉄で1駅移動して、新婦オススメ・釜山駅前のミルミョン店へ。
お昼時というのに、この行列!そもそも、韓国で行列のできる店自体が稀有な存在です。想像以上の行列に、新婦家族は時間もないということで、諦めて大邱へ向かいました。
僕らは20分ほど待って、お目当てのミルミョンにありつけました。薬草的な風味が独特で、好みは別れそうな味だけど体には良さそう。
マンドゥ(餃子)は、日本人でもおいしく食べられる味でした。
地下鉄に乗って、土城(トソン)駅へ。少し街外れの界隈には、山手側に登ると古い入母屋屋根の家が何軒か見られます。
おそらくは、日本統治下の建築物の生き残りでしょう。
日本統治下の建築物でもある「臨時首都記念館」も、この町内。レンガ調の外壁に瓦屋根を載せた、和洋折衷の建築物です。
日本統治下では道の知事官舎として建てられた建物ですが、朝鮮戦争でソウルが北に攻め込まれ釜山が「臨時首都」になった際、大統領官邸となった歴史を持っています。
内部には、当時の大統領執務室や会議室が再現されています。
大統領官舎としては質素なものですが、「臨時」ゆえのものでしょう。ソウルの奪還作戦が練られた、歴史の舞台です。
近代建築ファンとしては、建物そのものも注目したいところ。トイレの床タイルや便器は、工芸品のようです。
隣接して資料館も併設され、あまり日本では語られることのない朝鮮戦争の戦時下の苦悩も知ることができます。
避難民を乗せ、ソウルから釜山に走った列車を再現したコーナー。屋根でも貫通路でも乗れる場所には乗り込み、危険と隣り合わせの状態で人々は釜山へと逃れました。
臨時首都記念館からもほど近い、東亜大学校へ。真正面に構える美術館はレンガ造で、車寄せを備えた歴史ありげな建築物です。
背後の近代的な高層ビルの大学施設と、好対照をなしています。
そんな大学の片隅…ただし通り側からは、交差点のよく目立つ場所に保存されているのが、かつて釜山市内を結んだ釜山市電。
もう半世紀近く前の1968年に廃止になった路線の電車であり、とても貴重な存在です。
車内は、片側ずつで向きの違う木製のシートが並びます。日本の路面電車でも見かけないスタイルは、アメリカ生まれの車両ゆえ。
屋根が設けられ、大切にされているのは嬉しいことです。路面電車を知る世代も少なくなってきていると思いますが、韓国にも存在した生き証人として、末永く保存してもらえたらと思います。
地下鉄で一気に北へ上り、2号線の田浦(チョンポ)駅で下車しました。ここから西面にかけては「カフェ通り」として有名な街です。
通りにも、点々と看板が立てられています。
カフェが「密集」しているわけではないので、注意して歩かないと通り過ぎてしまいそう。実際、この町には僕も以前来たことがあるのですが、「カフェ通り」であるという認識はありませんでした。
裏通りに入ると、面白い店があちこちに。夕方ともなればオープンテラスが気持ちよく、外の席から埋まって行く様子が見て取れます。
こちらのイタリア料理店は、RC造の一般住宅を利用したもの。庭にも席が設けられ、外の雑踏から一歩離れた落ち着いた雰囲気に浸れそう。
ぜひ食べて行きたかったのですが、さすがに人気で数組待ちと言われあえなく断念。今度は予約して来たいものです。
いろんな店が入った建物は、屋根を見ると工場を再生したもののようです。
「カフェ通り」というより、コンセプトのある飲食店が並ぶ界隈といった感じですが、面白いことには間違いありません。また、ぶらぶらしに来よう。
同じ街中にあるのが、数学科学体験館「クンニマル」。どうやら、都心の廃校になった中学校を再生した教育施設のようです。
リニューアルは最小限で、なかなか見られない外国の学校建築物に興味が沸きますが、午後7時とあってはさすがに閉館後。また来たい街になりました。
再び南下し、今夜の寝床・南浦の「アロマホテル」へ。年季の入った内装は、韓国では「モーテル」に位置づけられそうなクラスです。風呂場には、シャワー機能しか使えないミニサウナがどんと据え付けられていました。
韓国らしく部屋は広く、冷温水器が備えられているのは便利。僕は快適に過ごせましたが、抵抗のある人はいるかもしれません。
気を取り直して、街へ。ショッピング街の南浦だと、9時も過ぎてぼちぼち店が閉まり始める時間です。
賑わっていた肉屋に入り、分厚いサムギョプサルをほおばる! スタミナを補給し、明日に備えました。
ということで、こちら側も婚約者と2人連れ立って、韓国に渡ることにしました。
今回は、往路・ビートル、復路・カメリアライン利用のパックツアー利用です。朝10時の便に乗るため、9時前に博多港国際ターミナルにやって来ました。
2階には、韓国の薬局と見紛うような売店がオープン。ハングル表記ばかりの中で日本の薬が売られるという、珍百景登録できそうな風景です。
この春はマーズで大騒動になった韓国ですが、7月にはだいぶ落ち着き、南部には終息宣言も出されました。やれやれと思っていたら、今度は台風が来襲。一昨日、昨日と欠航になりやきもきしたものの、本日10時の便から再開となりました。
新婦家族とも同じ船になり、まずは一同、出発できることに安堵です。ただし悪天候時には引き返すという、条件付き運航。JR九州高速船の力量を信じて、博多港を離れました。
船内映画は、以前は邦画か洋画が中心だったのですが、今回上映されていたのは韓国の「最強ロマンス」。円安で韓国客が優勢になっていることが、こんなところからも分かります。なかなか面白くて、眠気を忘れ熱中していました。
前半は多少の揺れがあったものの、後半はむしろ凪いでいたくらいで、快適な航海。酔うこともなく、無事に釜山港に入港しました。
昼も1時が過ぎて腹ペコということで、地下鉄で1駅移動して、新婦オススメ・釜山駅前のミルミョン店へ。
お昼時というのに、この行列!そもそも、韓国で行列のできる店自体が稀有な存在です。想像以上の行列に、新婦家族は時間もないということで、諦めて大邱へ向かいました。
僕らは20分ほど待って、お目当てのミルミョンにありつけました。薬草的な風味が独特で、好みは別れそうな味だけど体には良さそう。
マンドゥ(餃子)は、日本人でもおいしく食べられる味でした。
地下鉄に乗って、土城(トソン)駅へ。少し街外れの界隈には、山手側に登ると古い入母屋屋根の家が何軒か見られます。
おそらくは、日本統治下の建築物の生き残りでしょう。
日本統治下の建築物でもある「臨時首都記念館」も、この町内。レンガ調の外壁に瓦屋根を載せた、和洋折衷の建築物です。
日本統治下では道の知事官舎として建てられた建物ですが、朝鮮戦争でソウルが北に攻め込まれ釜山が「臨時首都」になった際、大統領官邸となった歴史を持っています。
内部には、当時の大統領執務室や会議室が再現されています。
大統領官舎としては質素なものですが、「臨時」ゆえのものでしょう。ソウルの奪還作戦が練られた、歴史の舞台です。
近代建築ファンとしては、建物そのものも注目したいところ。トイレの床タイルや便器は、工芸品のようです。
隣接して資料館も併設され、あまり日本では語られることのない朝鮮戦争の戦時下の苦悩も知ることができます。
避難民を乗せ、ソウルから釜山に走った列車を再現したコーナー。屋根でも貫通路でも乗れる場所には乗り込み、危険と隣り合わせの状態で人々は釜山へと逃れました。
臨時首都記念館からもほど近い、東亜大学校へ。真正面に構える美術館はレンガ造で、車寄せを備えた歴史ありげな建築物です。
背後の近代的な高層ビルの大学施設と、好対照をなしています。
そんな大学の片隅…ただし通り側からは、交差点のよく目立つ場所に保存されているのが、かつて釜山市内を結んだ釜山市電。
もう半世紀近く前の1968年に廃止になった路線の電車であり、とても貴重な存在です。
車内は、片側ずつで向きの違う木製のシートが並びます。日本の路面電車でも見かけないスタイルは、アメリカ生まれの車両ゆえ。
屋根が設けられ、大切にされているのは嬉しいことです。路面電車を知る世代も少なくなってきていると思いますが、韓国にも存在した生き証人として、末永く保存してもらえたらと思います。
地下鉄で一気に北へ上り、2号線の田浦(チョンポ)駅で下車しました。ここから西面にかけては「カフェ通り」として有名な街です。
通りにも、点々と看板が立てられています。
カフェが「密集」しているわけではないので、注意して歩かないと通り過ぎてしまいそう。実際、この町には僕も以前来たことがあるのですが、「カフェ通り」であるという認識はありませんでした。
裏通りに入ると、面白い店があちこちに。夕方ともなればオープンテラスが気持ちよく、外の席から埋まって行く様子が見て取れます。
こちらのイタリア料理店は、RC造の一般住宅を利用したもの。庭にも席が設けられ、外の雑踏から一歩離れた落ち着いた雰囲気に浸れそう。
ぜひ食べて行きたかったのですが、さすがに人気で数組待ちと言われあえなく断念。今度は予約して来たいものです。
いろんな店が入った建物は、屋根を見ると工場を再生したもののようです。
「カフェ通り」というより、コンセプトのある飲食店が並ぶ界隈といった感じですが、面白いことには間違いありません。また、ぶらぶらしに来よう。
同じ街中にあるのが、数学科学体験館「クンニマル」。どうやら、都心の廃校になった中学校を再生した教育施設のようです。
リニューアルは最小限で、なかなか見られない外国の学校建築物に興味が沸きますが、午後7時とあってはさすがに閉館後。また来たい街になりました。
再び南下し、今夜の寝床・南浦の「アロマホテル」へ。年季の入った内装は、韓国では「モーテル」に位置づけられそうなクラスです。風呂場には、シャワー機能しか使えないミニサウナがどんと据え付けられていました。
韓国らしく部屋は広く、冷温水器が備えられているのは便利。僕は快適に過ごせましたが、抵抗のある人はいるかもしれません。
気を取り直して、街へ。ショッピング街の南浦だと、9時も過ぎてぼちぼち店が閉まり始める時間です。
賑わっていた肉屋に入り、分厚いサムギョプサルをほおばる! スタミナを補給し、明日に備えました。