興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

パートナーとどれだけ共有できていますか?

2018-02-10 | カップル・夫婦・恋愛心理学

カップルセラピストとして、カップルや個人の結婚問題、恋愛問題に日々取り組んでいて、意識していることのひとつに、そのカップルが、どれだけ事物を共有できているかということがあります。

 実際、婚姻関係、恋愛関係など、あらゆるパートナーシップの問題は、そのふたりが何らかの重要な事物を共通できていないところにあるとも言えます。それはたとえば、妊娠、出産、育児に関することであったり、性生活であったり、お金や経済的なことであったり、趣味や余暇の過ごし方であったりと、様々です。

 これはまた逆も然りで、良好な関係とは、そのふたりがパートナーシップにおいて重要な点において、共有できているものが多いということも言えます。

 問題あるカップルにおいて、そのふたりの関係が改善や修復可能かどうかのひとつの指標になるのは、そのふたりが現時点で何らかの重要なものをひとつでもうまく共有できていたり、現時点ではそれが大きな問題になっていても、改善の余地が少なからず残っていることです。

 さて、「重要な点における共有」と言いましたが、それでは「重要な点」とはどんな点でしょうか。

 その具体的な事物に関しては、それぞれのカップルのユニークな関係性による個人差も大きいのですが、いずれにしても、それはおおよそ3つの分野に分けることができそうです。その3つの分野とは、情緒・感情(affect)、行動 (behavior)、認知 (Cognition)の3領域であり、「ABCの共有」などと呼べば、覚えておきやすいですね(脚注1)。

 この3領域は、基本的に相互作用が大きく、不可分なことも多いですが、まずは便宜的に切り分けて説明します。

 まず、A(Affect)、情緒・感情の共有ですが、これは、お互いが、どれだけ相手の気持ちをきちんと理解していて、また、自分の気持ちをどれだけ相手に理解してもらえているか、というところです。別の言い方をすると、お互いどれだけ心が通い合っているか、ということです。本当に仲の良いカップルは、何かをしているときのお互いの感情自体がよく似ています。旅行に出かけて、お互い一緒にいれることに幸せを感じていたり、ひとつの映画をみて、同じように感じていたり。もちろん、カップルと言えど、ふたりの人間が常に全く同じ気持ちということはありませんし、異なった感情を持つことも大切です。ただ、異なった感情を抱いていても、うまくいっているふたりは、相手がどうしてそういう気持ちなのか理解していますし、そこに共感することもできます。不仲なカップルは、多くの場合、それぞれが何を考えているのか分からなかったり、分かろうとしなかったり、不正確な決めつけがみられます。また、たまにあるケースで、関係性が本当に冷え切ってしまっているけれど、お互いがどんな気持ちであるのかは正確に分かっている、というカップルもいます。残念ながら、それぞれがお互いのその「正確に分かっている感情」に共感できませんが。

 次に、B(Behavior)、行動の共有です。これは、生活の中で、どれだけ行動を共有しているか、ということです。具体的には、一緒に食事をしたり、一緒に余暇を過ごしたり(これは映画であったりスポーツであったり芸術であったり、ドライブであったり、様々な形がありますね)、セックスをしたり、キスやハグやマッサージなどのスキンシップであったり、家事や育児であったり(これは必ずしも一緒に行うというわけではなく、きちんとした連携と分担ができているかどうかも含まれます)同じベットで寝たり、といったことの共有です。ちなみに、なんでもないおしゃべりなどの会話も行動の共有に含まれます。

 最後に、C(Cognition)の共有ですが、これは、物事に対する認識や価値観がどれだけ共有できているか、ということです。これはたとえば、金銭感覚(何にお金を掛けるべきか、どこをセーブすべきか、どのくらい貯金したいか、資産運用はどのようにするか、ローンは、などなど)の共有、子供の教育方針の共有、居住地や家などの生活環境(一軒家かマンションか、都会か郊外か、田舎暮らしか)の好みの共有、パートナーシップに求めるもの、大切に思うものの、優先順位の共有、政治や社会問題に関する考え方の共有、宗教や哲学、精神世界の共有などです。

 先述したように、これらは通常密接に関連し、連動していて、不可分です。つまり、そのカップルの生活のどの事物を分析対象に選んでも、そのふたりの関係性の質が見えてきます。

 今回は、ここ十数年で問題視されている、夫婦のセックスレスや、性の問題について考えてみたいと思います。

 まず、うまくいっているカップルですが、セックスをする頻度(行動)、セックスの質や内容などの好みや優先順位(認知、価値観)、セックスにおける情緒体験など(感情、気持ち)、いずれの面においてもうまく共有されていて、お互いにとってセックスライフが楽しくておおむね満足のいくものです(脚注2)。

 ところで、夫婦のセックスレスが、離婚の原因だと言われることがしばしばありますが、これは必ずしもそうとは言えません。セックスレスの夫婦の50%はいずれ離婚する、という統計がありますが、ここで注意しなければならないのは、これは「相関関係」(correlation) であり、「因果関係」(causality) ではない、ということです。つまり、セックスレス、という事象と、離婚、という事象が、必ずしも直結しているわけではなく、むしろ、互いにセックスをしたくないぐらいの心の溝、怒り、憎しみ、不信感、嫌悪感、無関心、距離感などの、「第三変数」のほうが決定的な要因である場合がほとんどです。それから、この統計でもうひとつ注目すべきは、50%は離婚するけれど、残りの50%、つまり、半分のカップルは、セックスレスだけれど離婚しない、という点です。

 日本人の結婚は世界的にも独特で、家庭内別居、家庭内離婚など、結婚関係が完全に破たんしていても離婚しないカップルが依然として少なくありませんが、こうした機能不全カップルではなくて、とても仲の良いセックスレス夫婦は、どうしてセックスレスで問題がないのか、ということも、このABCの共有という観点を用いると、理解できます。

 こうしたカップルに多いのは、お互いの愛着スタイルが「回避型」であり、セックスというものがお互いあまり好きではない、というケースです。このタイプのカップルが日本にはとても多いです。セックスは、本来とても親密なものですが、この身体感覚的な親密さを、回避型の愛着スタイルの人たちは、居心地悪く感じたり、煩わしく感じたり、ものすごいプレッシャーや負担に感じたりします。お互いがそのように感じているのであれば、あえてセックスをする必要はありません。むしろこうした人たちにとって、セックスは負担だったり苦痛だったりするので、ない方がお互い幸せなのです。お分かりのようにこのカップルは、セックスがあまり好きではない、という価値感を共有しています。

 一方で、性生活は存在しているけれど、夫婦仲はよくないというケースも少なからず存在します。たとえば、妻が妊娠出産授乳期間中で、体力も落ちていて、具合もよくなくて、初めてのことで余裕もないところ、育児にほとんど参加しない非協力的な夫が性交渉ばかり求めてきて、断ったらものすごく機嫌が悪くなり、暴言などがでてきて、仕方なく応じているけれど、嫌で仕方がない、というカップルや、とにかく性欲は盛んだけれど、非常に自分本位で相手を楽しませることをしない夫に対して、拒むと気まずくなるので仕方なく応じているけれど、前戯などもほどんどないとにかく射精するだけの行為であり、妻が望むセックスとかけ離れているケースのカップルにおいて、これはほとんど性交であってセックスではない(Intercourse wituout sex)という状態で、このカップルは、性生活において、気持ちも共有できていなければ、価値観も共有できておらず、さらには、性交渉はあるものの、きちんとセックスを共有で来ていません。 

 セックスレスだけれど仲の良い夫婦、性交渉はあるものの、不仲な夫婦について述べました。こうした例は日本にはかなり多く、セックスがなくても良好な関係もあれば、セックスがあっても破綻した関係もある、といことです。しかしこれらはどちらかというと非定型的なものであり、基本的には、セックスのあるカップルは比較的うまくいっていますし、セックスのないカップルは、問題のある関係である場合が多いです。

 これは言わずもがななことでもありますが、セックスレスが問題になるのは、どちらかに性欲があり、パートナーとの性交渉を望んでいるけれど、もう一方に性欲がなかったり、性欲はあるけれど、そのパートナーとの性交渉は望んでいない、という場合です。実際、パートナーシップや恋愛関係の問題で私のところにお越しになるカップルには、このタイプが一番多いです。お付き合いが始まった当初からセックスに問題があるカップルもいれば、何らかの出来事が起きたタイミングで性交渉が失われていくカップルもいます。セックスライフは、多くの人にとって、とても大事なことなのですが、この重要性を軽視してしまっている方は意外なほどに多いです。しかし、セックスの重要性を軽視して結婚したら、思いのほかセックスが重要なことに気づき、しかしふたりのセックスの相性(Chemistry)がどうしても合わずに困窮している、という方たちは、少なからずいます。

 良いセックスは、そのセックスという「行為」をふたりが共有することを通して、愛情や親密さといった「情緒体験」を共有するもので、大切な人から触れられることのニーズ(Need of touch, Need of being touched)という認知を共有するものでもあります。これには、質的な要素と、量的な要素が伴います。

 日々の生活の中で、家事、育児、セックス、家計、資産運用、趣味、余暇など、いろいろな主要な面において、ABCの共有度が高いほどに、そのカップルは親密であり、その関係性に対する満足度も高いです。

 逆に、こうした面におけるABCの共有度が低くなるほどに、ふたりの関係性は距離があったり、希薄であったり、緊張感があったり、確執があったりして、その関係性への満足も低くなります。

 現在、パートナーシップに問題を抱えている方は、こうした要素において、どれだけパートナーと共有できているか、また、できていないとしたら、どのようにして改善していけるか、ABCの観点で考えてみると、関係性の修復や、親密さの向上への糸口が見えてくると思います。

 また、今現在、決まった人がいて、結婚を考えているけれど迷っている、という方は、その方とどれだけの点で、情緒的、行動的、認知・思想的に、共有できているか、あるいは、できそうか、イメージしてみて、冷静に考えると、ふたりにとってのベストな答えが見えてくることでしょう。

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脚注1:ここでいうABCは、私の創作ではなく、アメリカの心理学ではよく用いられる言い回しです。

脚注2:ここで、お互いが「完全に満足」しているという場合もあれば、多少の不満はあるけれど、おおむね満足、というカップルも多いです。


 




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