父が他界しました。
88歳でした。
実は2年前に主治医から末期の癌を告知されました。その時告げられた余命から1年半も生きました。
最後は肺に転移していたので、最後の数日は苦しそうでした。
朝、母から電話があり、すぐに家を飛び出したのですが、実家までは片道2時間。
30分遅れで間に合いませんでした。
とても安らかな顔をしていたので、少しホッとしました。
父は海軍の戦闘機乗り、特攻隊の生き残りです。
父からは二つの遺言をもらっています。分骨をして、海軍兵学校時代に訓練に明け暮れた江田島の海に散骨。そして戦後、小学校で臨時教員をしていた大島の岡田の海にも…
分骨の理由を葬儀社の担当に説明すると、顔をしかめて「かなり費用がかかりますが」
ヨット乗りであった事が役に立ちました。このGWは広島の艇で神戸~横浜レースに参加し、その後広島までの回航をする事になっています。
まさに江田島のそばを通過して広島観音マリーナに行くのです。偶然にも広島の艇にお世話になるのですが、帰りの回航がなければ散骨は出来ませんでした、なんとなく父が導いてくれた気がします。
旧海軍兵学校は現在、海上自衛隊の設備になっています。申告すると1時間ほど旧海軍兵学校の建屋などを自衛官の方が案内するツアーが自衛隊の広報活動の一環で行われている事を知りました。
回航が終わったら父が第二の故郷と呼ぶ、この島を訪ねたいと思います。
大島はレースで行く機会もある場所なので、より容易ですし…
願わくば太平洋に散った父の戦友たちとも再会させてあげたかったのですが、故あって今年のトランスパックとの関わりを断ちました。
2015年のトランスパックで英霊たちと再会させてあげようと思います。
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