Sofia and Freya @goo

イギリス映画&ドラマ、英語と異文化(国際結婚の家族の話)、昔いたファッション業界のことなど雑多なほぼ日記

ハムレット(2004/ Ben Whishaw)@V&A

2015-09-24 11:12:00 | ベン・ウィショー
ロンドンでは市販DVD化されていない過去の舞台作品を個人的に見ることができる、というのは、日本でまだNTライブが上映されていなかった時にダニー・ボイルの「フランケンシュタイン」をナショナル・シアター・アーカイヴにて見られると聞いた時に知りました。なんて素晴らしい制度なんだろう!ぜひ機会があれば利用したいものだ!と思ったものです。

時は過ぎ、「フランケンシュタイン」は日本でも大きいスクリーンで見られたので、この夏の英国への旅では、ベン・ウィショー主演の「ハムレット(2004)」をV&Aアーカイヴから閲覧させてもらいました。

驚いたことには、日本から閲覧希望のメールを出したら即答で「閲覧室予約には最短2営業日が、それ以外のご希望には最長で20営業日がかかることをご了承ください」との自動レスが来たのでまあ数日かかるかな、イギリスのことだし気長にやるかと思ったら、その数分後にもう私の予約が第一希望でとれた旨の返事が来たのでした!こんなスムーズな対応、日本でも珍しくありませんか?



ば~~ん!V&Aとは言えオリンピアにある分室なので普通の建物かと思っていたら、な、な、なんだかカッコいい威厳に満ちた私ごときが入館していいの?的なビルだったので思わず写真を撮りました。それもそのはず「Tinker Tailor Soldier Spy/裏切りのサーカス」のサーカスだったんです。道理で!改めてDVDでサーカスの屋上シーンも見直したら隣のオリンピア展示場の屋根も映っていました。70年代にはすでにありましたから、いいんですね。

写真の「V&A」の看板の左側にインターフォンがあり、名前と用事を告げると、ハキハキしつつもフレンドリーな男声で返答があり鍵を開けてもらい中に入りました。中ももちろん荘厳で受付までも廊下と階段が長い。受付スペースも天井は高く20畳はあるコーナーの奥の立派な机に先ほど声を出したと思われる紳士が座っていて「Hello シマシマ!」とキリッと声をかけてきました。さすがはサーカスの係員。こちらも思わず背筋を伸ばしてハキハキと話さなくては、とまるで軍隊かスパイの面接のような気持ちに。彼の仕事ぶりから察するに、私の閲覧リクエストに即答返信したのはこの男に違いない。と結構楽しんで予約者の名前がプリントされた入館証テープを手首につけてもらい、携帯スマホカメラ禁止、筆記用具も鉛筆以外禁止なのでバッグや上着をロッカーに入れ、ペンしかなかった私は鉛筆を貸してもらいました。

私は時間ぴったりに入室したためか、コンピューターが4、5台あるDVD視聴室の中で一番新しい、唯一のiMacで視聴させてもらいました。他のスクリーンは奥行きのある旧タイプ、新しい方が画質が優れていると単純な私は喜びました(真実のほどは不明)。



ハムレットと言えば、まず母と叔父の結婚で憂鬱をまき散らすシーンで登場です。
ウィショーハムレットは、首を傾けて足首の角度が不安定な、イスに座った不自然な姿勢が複雑な怒りをそれだけで語っていました。よく、叱られた子供がとるようなひねくれて反抗を全身で表すような感じです。口を開く前にその姿勢で数秒の間静止しているのでインパクト大でした。


The Telegraphより 映像はより正面からの角度だったので首や足の角度が違う見え方でした

また、シェイクスピア劇と言えば、当時の照明ではほとんど役者や舞台美術は今の舞台上のようには見えなかったため、その分を説明で補う台詞が長いと何かで読みました。独白はマンガで言ったら吹き出しに入らない部分の文章、つまり思ったり考えていること。ハムレットもやたらと独白が長い。

ウィショーハムレットは、当時23歳という若さのせいか、つい最近のパディントンにも負けない高めの声でした。感情的に演じると声がひっくり返ることも。上ずった声での長い独白は、私には他のハムレットよりも自然に聞こえました。

と言うのも芝居の独白とは言え、私は現代の目で見てしまうため、長く文句や恨みや非難を言い続ける大の大人の男の話を聞くのは辛いのです。それが、ティーンエイジャーのように若そうな男だとまだ許される・・・と思う私は「男は寡黙に実行せよ」というジェンダー偏見があるのか・・・けど正直な気持ちなんです、すみません。後に「紳士たるもの感情は出さない」お国になったイギリスの作品だと思うと例えデンマーク人という建前でも悪役でない男性が感情的に叫び続けるなんて。(心の叫びだとはわかっていても現実には人が叫んでいるわけですから)

ティーンエイジャーみたいな若いハムレットで、もうひとつ良かった点があります。それは、ハムレットがかなりマザコンなのではないか?と思えたこと、そうだと仮定すると、あの物語が私に説得力をもったのです。

父以外の男と再婚する母を許せないハムレット。母の寝室で、そのことを責め、「叔父と寝るな」とまで言い出す太々しさは、母親に甘えているからできることではないでしょうか。そしてこのシーン、母のベッドの上でふたりが熱く絡み合いながら涙ながらに話すのです。エロチックなのです。ここでハムレットの母への近親相姦的な執着を感じました。



続けて見ていると、母にだけでなくこの王子、ホレーシオやローゼンクランツとギルデンスターンにもすがるように接近します。母が父以外の男のものになり寂しくて仕方がないと友人達との抱擁でなんとか心の平静を保っているようでした。もっともこの見え方は、単純にウィショーさんが細身なので、友人達の腕の中にスッポリ入ってしまうのでそう見えるだけなのかも知れませんが、とにかく見る者の心を捕らえる絵になっていました。

一方、オフィーリアはギャルでした。登場シーンでは制服を崩して着る高校生で、家ではヘソ出しチビT着て1人ロックで踊るあたり、国王宰相の娘が品のない方に走っちゃった感じでした。パリへ留学する立派な兄に比べ、そして有名なミレーの清らかな乙女オフィーリアに比べると斬新です。

しかし年齢で考えると、むしろ設定が自然です。父や兄レアティースに「ハムレット王子には気をつけろ。身分の高いお方だから妃選びには国と国民の安寧がかかっている。恋の歌に負けて処女を捧げては傷つくのはおまえの名誉だ」と諭される娘なのだからやはり10代と考えて自然。しかも「この子は心配だ」と父兄に思わせる要素が本人にあるからこそ窘められるのですものね。それなら若くて母親にグズグズと甘えて拗ねる王子とも一見ピッタリではありませんか。逆に30歳すぎて母の恋愛に口をはさみ自分の恋人は10代って男はかなりの自己中でもって自信のない共感しにくいキャラであります。

でも彼女は熟女の母に比べたら全然セクシーじゃないんですね。若いのなら純真さとかで勝負すれば、年齢のいった女性にない魅力で対抗できるけど、はじけちゃってる蓮っ葉な娘じゃ母の官能には勝てません。たぶん母に執着してたハムレットはあまり世間の女性は見ていなくて、近くにいて年の近かったオフィーリアに恋をしていると思い込んでいたのではないでしょうか。だから自分に余裕がなくなったら簡単に「尼寺へ行け」と言えたのでは。しかも当時「尼寺」は「売春宿」の隠語だった(河合祥一郎)とのこと、舞台でそういうそぶりはありませんでしたけど、ハムレットとオフィーリアにはすでに肉体関係があってもおかしくない。

でも彼女の兄、レアティーズはなかなかの若者、それもそのはずローリー・キニアだったのです!これはよかった。だってハムレットとクライマックスで一騎打ちする重要な役ですもの。

私は今までホレーシオとレアティーズの役柄が地味で納得がいってなかったのです。ハムレットが信頼し続け、自分と宰相のふたつの家系が途絶えた顛末を後世に伝える重要な役割の親友がなぜ彼なのか。まだレアティーズの方はあまり存在感あっては本当の悪役=叔父がかすんでしまいバランスが悪いので、父親と妹の復讐のため王子に切り掛かることが正当と思える清々しい若者であれば説得力もあるがローリーさんはぴったりでした。気高い声の魅力が劇場ではまた映えます。



この作品でウィショーさんは史上最年少のハムレットとして高評価され、その後のキャリアに繋がったとのことです。私も一番衝撃を受けたのはその若いハムレットのストーリー説得力でしたが、それが英語ネイティブの人達には、弱々しい不良少年のようなハムレットが、美しい韻を踏んだシェイクスピアの台詞を朗々と唄い上げる絵巻物のように見えたのだろうなあと思うと、自分が詩心もなくシェイクスピアの英語にも不慣れで味わえないことが悔しいです。

でも欲を言うと、多くの俳優が30歳代で演じているハムレットなので、「若いのによく演じた」という絶賛はない現在のウィショーさんが演じたらどうなるのかも見たいです。




余談
このビルが「サーカス」だとは行った時には知らなかったとは言え、廊下を歩くだけでワクワクしました。トイレがまたよく英国の古いビルにはありがちですが6畳くらいの広さで、それはドアを開けると一室だけの誰でもトイレで、おそらく近年に小さめの部屋をひとつ改装したものだったんですね。しかし「トイレ」という文字と矢印の入ったサインがあって、それはその一室を差していなかったので、廊下の更に奥に別のトイレがあると察して、私はもっとそのビルの奥も歩きたくて進んで行ったのです。しかし廊下の途中には、これまた古いビルにはよくある防火扉のように廊下を中断するドアがあり施錠されていました。調度その時向こう側からスタッフが来て解錠してこちら側に現れたので、私がトイレに行きたいと話したら、ビジター用のは手前ので、奥のは順路も複雑だし入れないとのこと・・・ああ、入れたらサーカスの廊下を歩けたかもしれないのになあ、複雑な廊下の奥の奥まで行きたかった・・・でも不法侵入したらイギリス国家を敵に回すことになったかも知れないし、名残惜しく引き返しましたとも。