宇宙(そら)は家

宇宙(そら)へ還ろう! 
五井先生は、両手を
広げて待って
いらっしゃいます。
(リンクフリー)

信仰生活というもの

2023-01-12 08:34:13 | 祈り
信仰生活に入ると、かえって、それ以前
よりも、不幸な出来事やいやなことが連続
しはじめた、目につくようになった、これを
どう考えればいいかという御質問のように
おもいます。

信仰というのは、たしかに楽なことでは
ありませんで、つねに裡をつとめてゆく、
そうして、人間は光なのだ、ということを
教えられる、あるいは、神様という方は、
いつも人間を愛していらっしゃるのだ
ということをきかされて、実際、自分でも
そう思うけれども、とにかくそう思えば
思うほど苦しい時があるのであります。

これは、人間の本来性、本心の光が、
消えてゆく姿となってあらわれて
参ります時に、業想念が光をあびよう
として、寄ってくる、その苦しみを、
私どもが、身に心に感じるのであります。

けれども、とにかく守護霊、守護神、
そうして神様へのお任せのいのちで
ありますから、苦しい時に、その苦しさを
感じる自分が駄目だとか、あるいは、
こういうふうに悪いことが続くようでは、
まだ自分は本当の信仰に入っていない
のではないかなどと、一切おもうことは
ありません。

神様というのは、絶対の愛である、無限の
愛であるということを、かたく信じて、
消えてゆく姿で世界平和の祈りを実行して
いただきたいということとともに、神様はただ、
光ばかりをお与えにならない、その人の魂を
つよめ、また、光をますます輝かせるために、
時には辛いことを連続させることがある
ということを覚えていただきたいのであります。

どうぞ、力まず、背のびをせず、やさしく、
明るく、たくましいいのちに、あなたのいのちを
育てていただくようにお祈りなすって下さい。
私も、日々、おぼえて、祈らせていただきます。

世界人類が平和でありますように
         合 掌
          昌 久


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