元タレント中居正広氏の女性トラブルをめぐる問題は、フジメディアHDおよびフジテレビで取締役相談役を務める日枝久の辞任問題に発展し、6月に開催される株主総会では新たな取締役選任が焦点になる。同HDの大株主、米投資ファンドのダルトン・インベストメンツが同社に送った書簡で、「取締役会のメンバーの過半数を独立社外取締役にする」ように求めた点を見ても、企業と株主の対立がより先鋭化する様相だ。
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フジメディアHDの株価は1月27日の会見翌日から高騰を続けたが、直近2月25日の終値は2613.5円で、前日比62.5円安で引けた。市場関係者は海外ファンドというより株主になりたい個人投資家が買いに走っていると見るが、株主総会が近づくと状況が変わるのか。予断を許さない。堀江貴文氏がSNS上でフジHD株を買ったことを公表し、6月の株主総会に出席して経営責任を追及しようと呼びかけたことで、同調する動きがあるようだ。総会では株主から日枝取締役相談役の解任や取締役会の過半数を独立社外取締役にする案が提起されるのは間違いない。しかし、物言う株主(アクティビスト)であるダルトンが人権問題を追及するのは、株主価値を高める上では総会の俎上に載せやすいからとも言われる。
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どちらにしても、テレビをほとんど見なくなって久しく、またステークホルダーでもない人間にとっては、フジテレビがどうなろうとどうでもいい。むしろ、気になるのは、株主と企業の関係やそれぞれの立場が少しずつ変わってきていることだ。かつては株主の地位を利用して企業から不当な利益を得ようとする総会屋なるものがいた。それは総会を短時間で終わらせるための調整・根回しを行い、企業から利益を得る与党総会屋と、総会の妨害を予告して会社から利益を得ようとする野党総会屋に分かれた。某自動車メーカーの子会社であるサッカークラブの関係者が体育会系という頑健な資質を見込まれ、総会屋への利益供与に関わっていたという話もあるくらいだ。
そんな株主総会も次第に企業の方針を株主に非難されない工夫をするようになっていった。与党総会屋が総会の前面に陣取り、経営陣の説明に賛成、議事進行と大声で叫び、他の株主に意見させないしゃんしゃん総会への移行である。さらに1981年の商法改正で株主への株主権の行使・不行使に基づく利益供与の禁止が法制化されると、総会屋は影を潜めていった。筆者も企業年史の制作で記念パーティの取材に行った際、いかにも総会屋らしきお方がフルコースディナーを召し上がる光景に遭遇した。だが、ウエイターに難癖をつけるそぶりは微塵もなく、カメラマンがレンズを向けても目線を合わせてくれるなど至って穏やかな雰囲気だった。
上場企業の場合、株主が保有する持ち株比率が高いほど、株主総会などでより多くの権利を行使することができる。だから、経営陣は経営への影響を安定させるために発行数の2/3となる66.7%以上の持ち株比率を維持しようとする。特に企業の経営方針や構造を大きく変えるような重大な決定、例えば、会社の合併や分割、会社の解散、定款の変更などの特別決議は、単独で可決することができる。だが、企業の業績アップとそれによる配当増を望む株主にとって、それを実現できない経営手法に問題があると感じた場合に、株主総会で経営陣の責任やカバナンスの欠如を指摘するのは当然のことだ。
株主からの動議が成立するには、出席株主の議決権の過半数以上の賛成が必要になる。それでも近年の株主総会を見ると、株主の意見が100%通ったわけではないものの、物言う株主のアクティビストの要求から企業の方針が修正されているケースはある。代表的なところでは、セブン&アイHDだ。アクティビストの米バリューアクト・キャピタルは、不採算事業として祖業イトーヨーカ堂の分離、伸び代のあるコンビニエンスストアへの集中、井坂隆一社長らに退陣を求めたことがあった。この株主提案は反対多数で否決されたが、HDはGMSのイトーヨーカ堂を次々と閉店し、コンビニ事業に集中するようになった。
だが、今度はカナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受ける事態に発展した。ビジネスがグローバル化した現在では、外国資本や投資ファンドなどからも合併や買収の案件が持ちかけられる。それは上場企業の宿命とも言える。セブン&アイHD側は買収の防衛策として、クシュタールが提案した総額7兆円を上回る9兆円規模のMBO提案をセブン&アイの伊藤順朗副社長ら創業一族らで行なっている。上場すればマーケットから資金調達ができて事業の拡大に舵を切れる一方、株主からいろんな要求を突きつけられ、挙句には経営陣が追い出されたり、企業が乗っ取られたりするケースに発展する可能性もある。
もっとも、投資家やファンドが株を買い占めるのは、短期で株主価値を向上させ多くのリターンを得る目的がほとんどだ。また、特殊なノウハウは持つものの、経営が立ち行かない企業に目をつけ、経営陣を送り込んで再生した後に高値で売却する=ハイエナのケースもある。株式会社は機関という意味で株式(資本)を所有する株主と、企業をマネジメントする経営者を分けるのが原則だ。そこでは代表取締役が企業の具体的な業務を行い、取締役会が業務を行う上で意思決定をする。株主は企業の基本的なこと、取締役(経営陣)の選任などについて決議することができるに過ぎない。ただ、企業の運営が適性を欠き株主の権利が侵害された場合には、取締役の解任など各種訴訟を提起できる。その点はうまくできた仕組みとも言える。
買収されて資本と経営が分離するブランド
ファッション業界ではどうなのか。アパレルがブランドに成長し上場すると、投資家およびそのグループが潤沢な資金力に物を言わせ、ブランド企業を次々と買収して傘下に収めていくケースがある。それがファッションコングロマリットだ。コングロマリットとは、直接の関係を持たない複数の業種、業務が参入する複合企業を指す。業務内容の異なる企業を買収することで、相乗効果を期待しブランド価値を高めることを主眼としたものだ。そうした意味で、投資家やファンドに発行済み株式の過半数を取得されただけでも、ブランド企業は株主から経営陣やデザイナーの選解任、MDの修正、出店戦略など重要な事項を要求されることがある。
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ファッション界では、LVMH、ケリング、リシュモンがある。最大はLVMHでルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、セリーヌ、ロエベ、マーク・ジェイコブス、ケンゾー等の他に酒類、香水&化粧品、時計・宝飾、文化芸術団体など約70ブランドを従える。ケリングはグッチやアレキサンダー・マックイーン、ボッテガ・ヴェネタ、サンローラン、ステラ・マッカートニー等、スポーツのプーマ、時計・宝飾を持つ。リシュモンは時計ボーム&メルシー、宝飾のカルティエやヴァンクリーフ&アーペル、ピアジェ、アパレルではクロエ、ダンヒル等、筆記具のモンブランを傘下に入れている。当然、収益が伸びなかったり業績が悪化するブランドでは、ディレクターやデザイナーの解任が繰り返される。
2000年頃までは、英国や米国のラグジュアリーブランドはビジネスを重視する傾向が強いことから、デザイナーの人選でもクリエイティビティだけでなく、マーケティングに強いアングロサクソンやユダヤ系の人物を起用する傾向があった。アレキサンダー・マックイーンやマーク・ジェイコブスがそうだ。彼らは比較的長くブランドを率いていた。近年はコングロマリットがフランスやイタリアの老舗メゾンまで傘下に収めたことで、ディレクターやデザイナーの解任はここでも例外ではない。ケリング傘下のグッチは先日、ディレクターのサバト・デ・サルノとの契約終了を発表した。中国事業の不振が影響したと言われるが、投資家やファンドが絡めば、どうしても投機的な側面が否めないからだ。
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一方、すべてのラグジュアリーブランドがコングロマリットに属しているかと言えば、そんなことはない。ジョルジオ・アルマーニなどを運営するイタリアのジョルジオ・アルマーニS.p.A.は、未上場企業だ。あくまで私見として言わせてもらえば、コングロマリット傘下のアパレルは色合いや素材感、テイストが何となく似通ってくる。コングロマリットの経営トップが収益を上げるために売れ筋右に倣え=全天候型の経営スタイルをとると、どうしても企画から素資材の調達、縫製までを効率化させてしまうからだ。それに対し、アルマーニは1975年の創業からクリエーションも派生ブランドや旗艦店の展開も独自性を保ってきた。それは株式市場からの資金調達によらない経営を続けてきたからこそ、可能だったのである。
ただ、創業者のジョルジオ・アルマーニ氏が90歳を超えたことで、2024年には「より大きなグループに加わる」「証券取引所に上場することを除外しない」と、ブルームバーグの取材にコメントしている。世界のモード界でキングオブミラノと呼ばれ、クリエイティビティでもビジネスでも類稀なる才能を発揮してきたアルマーニ氏を引き継げる人材は、そうそういないということだろう。むしろ、同氏がブランドの存続や会社の経営を重視すれば、資本と経営を分離し、クリエイティビティとビジネスを別個にして考えていくべきだと決断してもおかしくない。ただ、23年に開催されたアルマーニS.p.A.社の臨時総会では法令の改正に関する決議の中で、「議決権のない株式の26のカテゴリー。その合計額が株式資本の半分を超えてはいけない」という内容が記されている。その意味するところは、アルマーニ氏の死後に明らかにされるとも。今後の動向に目が離せない。
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上場企業でなくても、銀行筋などからアパレルブランドへの参画や買収の案件がもたらされることはある。アパレルビジネスでは素資材の調達、海外生産やネットワーク、輸出入、ライセンスの獲得などが必要なため、商社がメーカーの株式を持って経営に参画するケースがある。また、2009年に民事再生法の適用を申請したヨウジヤマモトのように、未上場企業でもファンド運用会社のインテグラルが再生させる価値ありと投資をして、ブランド事業を譲り受けたケースもある。デザイナーの山本耀司氏は経営の一線から退き、デザインワークに専念するなど、ここでも資本と経営の分離が明確になっている。
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最近も親会社がデザインに当たる新規人材を起用したり、全株式を取得してブランドを完全子会社化する事例があった。2025年2月6日から11日に開催されたニューヨークコレクションでは、ヴェロニカ・レオーニがカルバン・クラインのコレクションラインで、クリエイティブディレクターとしてデビューを飾った。02年にカルバン・クライン社の株式を4億3000万ドルで取得して傘下に収めたフィリップス・バン・ヒューゼンは、21年にヴァン ヒューゼンなど4ブランドを売却し、売上げの90%を占めるカルバン・クラインとトミー ヒルフィガーに経営資源を集中させている。今回のディレクター人事もそうした戦略が色濃く反映されたものと言える。
ビギホールディングス傘下のビギは2025年4月1日、同社の完全子会社であるメンズ・ビギを吸収合併する。ビギはメンズ、レディースの垣根が低くなっている状況から、ジェンダーレスのシナジーを追求する新規ブランド事業を展開するわけだ。合併により管理業務などの効率化も進めるという。ビギHDはジョンスメドレーなどの輸入販売、ライセンス展開を行っているリーミルズエージェンシーも完全子会社化する。ビギホールディングスの株式は24年に三井物産が株式66.6%を取得し、持株比率100%として完全子会社化した。ここでもブランド事業を展開する上で、素資材の調達から生産、輸出入までを効率化したい商社の支配があると見て取れる。
アパレルが巨大なブランドに成長すると、商品販売で入ってくるキャッシュ(お金)やロイヤリティや店舗、工場など(資産)を管理してブランドビジネスを支える役割が求められる。それはある意味、金融業の側面も持つ。だからこそ、投資家やファンドは、世界のコレクションで作品を発表するデザイナーに注目する。デザイナー側も自分の思い通りの作品を作り、それが世界に受け入れられて名声を博す夢をみる。それには莫大な資金が必要だから、「自分のクリエーションにどこまで投資してもらえるか」が頭をもたげる。投資家は「このデザイナーは投資に値するか」を見極めようとする。人々の喝采を浴びたいデザイナーと株主価値を高める野望を抱く投資家。ブランドビジネスの背景では、利害関係にある者たちの飽くなき株式の争奪戦が繰り広げられている。それもまた現実なのだ。