穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

やはりチャンドラーだな

2016-12-14 22:23:44 | チャンドラー

プレイバックを読み終わっていくつかの点でそう思った。名エステティシャン村上春樹のおかげで此の小説は様になっている。かれが何処かでいっていたと記憶しているのだが(正しく記憶しているとして)チャンドラーは男性の描写はうまいが、女性の描写はね、というのだ。 

わたしはそうでもないと思う。彼の描く女性は皆なトリックスターなんだね。女性にトリックスターを割り振るというのはあまり例がないが、彼の場合は絶世の美女も狂言回しなんだな。それでうまくストーリーが回っている。

あといくつか彼の小説に共通した『構造的な』特徴がある。前半は依頼人の要求にぶつくさ言いながら調査をする。依頼人から調査の終了を言い渡されても、独自で彼の詮索癖を発揮させる。プレイバックも前半はある女性の尾行を依頼されて実施する。後半は彼のベッドに転がり込んで来た「トリックスター」の女性の告白であったかどうか分からない殺人事件を嗅ぎ回る。 

今回読み直してみて、後半も結構面白い。これは要するに過失殺人なんだな、女性の。正当防衛といいますか。そしてバカ正直なマーロウが現場に行ってみると彼女の申告に反して死体が消えている。

そして真相は(私はこれをネタばらしとはいわない)ホテルのオーナーが共犯者で死体隠蔽をしていたというのだ。例によってマーロウは「好奇心」から相対で此の人物を告白させるが警察には通報しない。何もしないでロサンゼルスに帰ってしまう。口封じの料金も受けとらないで。なぜかって、読むと何となく分かるような気になるかもしれない、読者によるだろう。ようするにそれがマーロウなのさ。 

それでさ、ひとつ破綻が有るというかおかしいと思う所がある。別に辻褄はあうのかもしれないが、素朴な疑問だ。座興に追加しておこう。

彼女は色気違いの女性相手専門の強請屋に迫られてベランダに逃げもみ合いの中で相手をベランダの手すりから階下に突き落とす。相手が長身でベランダの縁が膝ぐらいまでしか無かったので押しのけたら転落して首を追って死んでしまったというのだ。これはその場にいたホテルオーナーの証言だ。

そしてマーロウが調べた時には死体は勿論、血の跡が全くなかったというのだな。おかしくないかな、リアリズムとしては。首の骨が折れれば頸動脈も破裂して血の海ができるんじゃないかな、それとも血の全くでないこともあるのだろうか。

これは私の個人的経験のせいかもしれない。昔インターハイの馬術大会で障害飛越競技で選手が落馬して首の骨を折って落命したのを目撃したことが有る。あたりには血の海が出来た。血で汚れた土は除去して新しい砂を入れて競技を続行したのだが、それでも血の匂いは消えずその障害の前にいくと馬が怯えて飛越を忌避していた。だからチャンドラーの描写が現実的なのかなと疑うわけだ。ま、細かい話だが。

 


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