僕は1970年生まれで,羽生善治二冠と同じ年。当然ながら同世代の棋士というのはそれなりに注目していまして,とくに早い段階からタイトルに挑戦,獲得するなど頭角を現した羽生二冠と佐藤康光棋王のふたりには,ほかの棋士に対するのと別種の思い入れがあります。そういう意味では僕が最も楽しみにしているのがこのカード。今期の棋王戦はこの両者の戦いとなり,今日,第一局が指されました。
振駒で先手は羽生二冠。佐藤棋王は一手損角換りを採用,第3図の形に進み,先手は早繰り銀。第1図の▲4五歩から中盤戦の戦いに入りました。
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先手は駒損の攻めになり,後手はその得した桂馬を反撃に使って第2図。ここでは後手の方が有利なのではないかと思います。
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実戦はここから王手飛車を狙って▲6五銀と歩頭に出ました。後手は嫌って△2二玉ですが,この交換は明らかに先手の得だと思います。
ここから先手が総攻撃,途中,第3図の逆王手も挟んで第4図まで進んだところでは先手の攻めが切れたかのように思えます。
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しかしこの後,第5図で▲5五馬と今度は歩頭に馬を出たのが,後手の角の利きを遮る好手であったと思います。
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ここから第6図で王手桂取りの攻防手が出たところでは,先手が優勢になっているものと思われます。
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以下,一旦は桂を取った馬が再び敵陣に侵入。最後は後手玉を即詰みに仕留めた先手の勝ちになっています。
とにかく面白い将棋ですのでぜひ並べてみてください。今日は遅くなってしまい,リアルタイム中継を見られなかったのですが,とても残念でした。第二局は23日。今度は土曜なのでたぶん見られるでしょう。また熱戦になることを期待します。
明日からは佐世保記念が開催されます。佐藤友和選手,平原選手,地元の井上選手での争いでしょうか。
第一部公理六に示されている一致を,観念と観念されたものの本性の一致と考えるのはひとつの考え方でもうひとつ,別の考え方も可能だと思います。
これは端的に第二部定理七に訴える方法です,厳密にはこの定理は,物体と物体の観念,つまり延長の属性と思惟の属性との間の定理ですが,備考ではスピノザはこれはすべての形相的な属性と思惟の属性の間にあてはまると考えているといっていますので,ここではそちらの方で考えます。するとこの定理により,もしもXというものが形相的に実在するならば,そのXの原因と結果の秩序と連結は,Xの観念の秩序と連結に一致するということが出てきます。そこでこのXの観念をXの真の観念と考えるならば,一般に真の観念とその真の観念の対象は,原因と結果の秩序と連結が一致するということになるでしょう。定理自体に一致ということばが用いられていますので,これも妥当な解釈であると思います。
このことは第二部定理七系に訴えればさらに明らかだと思います。この系から,神を原因として自然のうちに生じるあらゆる形相的有と,神の観念のうちにあるそうしたあらゆる事物の客観的有は,その原因と結果の連結と秩序が一致するということは明らかでしょう。よってこれを一致という観点からみるならば,まさにそれは原因と結果の秩序と連結の一致ということになるからです。
これらふたつの考え方は,どちらも妥当であると思います。したがいましてここでは,第一部公理六の一致ということばの意味のうちには,こうした本性の一致と秩序と連結の一致という両方の意味が含まれると解釈して,考察を進めていくことにします。
振駒で先手は羽生二冠。佐藤棋王は一手損角換りを採用,第3図の形に進み,先手は早繰り銀。第1図の▲4五歩から中盤戦の戦いに入りました。
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先手は駒損の攻めになり,後手はその得した桂馬を反撃に使って第2図。ここでは後手の方が有利なのではないかと思います。
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実戦はここから王手飛車を狙って▲6五銀と歩頭に出ました。後手は嫌って△2二玉ですが,この交換は明らかに先手の得だと思います。
ここから先手が総攻撃,途中,第3図の逆王手も挟んで第4図まで進んだところでは先手の攻めが切れたかのように思えます。
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しかしこの後,第5図で▲5五馬と今度は歩頭に馬を出たのが,後手の角の利きを遮る好手であったと思います。
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ここから第6図で王手桂取りの攻防手が出たところでは,先手が優勢になっているものと思われます。
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以下,一旦は桂を取った馬が再び敵陣に侵入。最後は後手玉を即詰みに仕留めた先手の勝ちになっています。
とにかく面白い将棋ですのでぜひ並べてみてください。今日は遅くなってしまい,リアルタイム中継を見られなかったのですが,とても残念でした。第二局は23日。今度は土曜なのでたぶん見られるでしょう。また熱戦になることを期待します。
明日からは佐世保記念が開催されます。佐藤友和選手,平原選手,地元の井上選手での争いでしょうか。
第一部公理六に示されている一致を,観念と観念されたものの本性の一致と考えるのはひとつの考え方でもうひとつ,別の考え方も可能だと思います。
これは端的に第二部定理七に訴える方法です,厳密にはこの定理は,物体と物体の観念,つまり延長の属性と思惟の属性との間の定理ですが,備考ではスピノザはこれはすべての形相的な属性と思惟の属性の間にあてはまると考えているといっていますので,ここではそちらの方で考えます。するとこの定理により,もしもXというものが形相的に実在するならば,そのXの原因と結果の秩序と連結は,Xの観念の秩序と連結に一致するということが出てきます。そこでこのXの観念をXの真の観念と考えるならば,一般に真の観念とその真の観念の対象は,原因と結果の秩序と連結が一致するということになるでしょう。定理自体に一致ということばが用いられていますので,これも妥当な解釈であると思います。
このことは第二部定理七系に訴えればさらに明らかだと思います。この系から,神を原因として自然のうちに生じるあらゆる形相的有と,神の観念のうちにあるそうしたあらゆる事物の客観的有は,その原因と結果の連結と秩序が一致するということは明らかでしょう。よってこれを一致という観点からみるならば,まさにそれは原因と結果の秩序と連結の一致ということになるからです。
これらふたつの考え方は,どちらも妥当であると思います。したがいましてここでは,第一部公理六の一致ということばの意味のうちには,こうした本性の一致と秩序と連結の一致という両方の意味が含まれると解釈して,考察を進めていくことにします。