スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

富山記念&到着

2009-08-16 20:25:35 | 競輪
 お盆の記念競輪後半戦は富山記念。今日が決勝(動画)でした。並びは木暮ー中村の関東に三浦,和田ー山賀ー中井の南関東,松岡ー大塚の九州に玉木。
 松岡がSを取って前受け。中団が和田で後方が木暮の周回。残り2周半から木暮が上昇して松岡を叩くと,残り2周のホームで和田がさらにそれを叩き,そのままスピードを緩めず打鐘前から先行。4番手になった木暮がホームから発進すると,車間を開けていた山賀が対応し,この両者でのもがき合い。残り半周で木暮が一杯になると,木暮を捨てた中村と,山賀マークの中井がもつれ,これを尻目に山賀が優勝。内に行った中井が2着で外の中村が僅差の3着。
 優勝した千葉の山賀雅仁選手はこれが記念競輪初優勝。今開催は有力選手が次々に脱落し,記念決勝にしてはやや軽めのメンバー構成となりましたが,そのチャンスをものにしました。ただしここはむしろ和田の頑張りに尽きるようなところもあります。両者は単に同県というだけでなく,同期でもあるのですが,普段とはまったく違うようなレースをして見事に山賀の優勝を引き出したといえるのではないでしょうか。

 今回の救急車の中ではさすがに前回のような余裕は少しもありませんでした。みなと赤十字病院は頭頂部の裂傷によって運ばれた病院よりは家から遠いですから,乗っていた時間は少し長かった筈ですが,距離から考えれば救急車なら15分もあれば着くと思います。それでも僕は動いている車内で救急士の方に「もうすぐ着きますから頑張ってください」と言われたのは覚えていますが,そのほかのことといえば,乗った向きは頭が運転席の方向だったということくらいしか覚えてなく,あるいはその短い時間のうちにもいくらか眠っていたかもしれません。
 元旦のことですが,病院はそれなりに混んでいました。僕のほかにも運ばれてきた患者がいたのだろうと思いますが,周囲のことに注意を払っていられるような状態ではありませんでした。担架から病院のベッドに移され,それから救急処置室のような部屋に運ばれると,すぐに医師と看護士が来て,看護士が僕の右手のたぶん人さし指であったと思いますが,指先に針のようなものを刺しました。このときは僕は意識こそはっきりしていましたが,もちろん何をしているのかは分かりません。また,刺されたといっても,強烈な痛みがあったというわけではありませんでした。
 すでにお話しましたように,救急隊員から病院には連絡がいっていました。僕は救急隊員に,口渇のことは話しましたから,それも連絡済だった筈です。口渇というのは糖尿病の自覚症状のひとつですから,病院ではすでに僕の糖尿病を疑っていたのです。指先に針を刺したのは,傷口から血液を採取し,僕の血糖値を診断するためだったのです。
コメント
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