ウエスタンラリアートといえば不沈艦の代名詞といっていいほどの技。サポーターをつけた左腕を相手の正面から首筋に叩きつけて倒すもので,プロレスファンならずとも知っている人が多い筈です。全日本で初めてみせたのは,まだ選手としてリングに登場する以前の,ハンセンの乱入があった試合でした。それ以後,ハンセンはこの技で幾多の選手をマットに沈めてきました。僕は長州力が大型の選手を相手にラリアートでスリーカウントを奪うことに,どことなく腑に落ちないもの,あるいはリアリティーの欠如といったものを感じずにはいられませんでしたが,ハンセンの場合には体格が長州とは違いましたから,ウエスタンラリアートという技の説得力に疑問を抱いたようなことはありません。
その技の形から,ウエスタンラリアートは俗に首折りといわれることがありました。しかしこの首折りという異名は,単にウエスタンラリアートのスタイルから名付けられたものではありません。ハンセンは実際に試合中に相手の首の骨を折ってしまったことがあったからです。
僕は試合中に相手に怪我を負わせるというのは,プロレスラーとしての能力の欠如のひとつであると思います。ハンセンにそういった一面があったことも否めないと思っています。ただ,実際にこのアクシデントを起こしたということが,少なくともプロレスファンに対しては,大きなアピールになっていたということも事実であったと思います。
もしも首を骨折したのが,一介の無名レスラーであったとしたら,首折りという異名も,それほどまでは轟かなかったのかもしれません。しかし実際の相手というのは,無名どころかトップ中のトップレスラーよいっていい人間発電所でした。アクシデントがいつ起こったのか,僕は知りません。ただ,僕のプロレスキャリアのスタートに関わった友人に,このエピソードを聞いたような覚えがありますから,それ以前であったのは間違いないと思います。
ハンセンがこのアクシデントでほかのレスラーからどう思われたかは分かりません。ただこのことは,ハンセンが日本でトップに立つためには,むしろプラスに作用したといえるのではないでしょうか。
今日からは僕のⅠ型糖尿病との共生記の5回目です。前回は昨年の8月11日までで終っていますので,そこから開始します。
8月11日は土曜ですから,妹は休みです。ただ,名目上はこの日から夏休みということになっていました。15日の水曜日まででしたので,5日間ですが,実質的には月曜,火曜,水曜の3日間であったといっていいでしょう。
このうち,13日の月曜はピアノのレッスンを入れました。そして翌14日の火曜は,ガイドヘルパーに依頼して,カラオケに連れていってもらいました。この利用は,この日の午後,母も僕も自宅を空けなければならなかったためです。本来,ガイドヘルパーという制度の主旨は,こういうときに利用するためにあると思われますから,それに見合った依頼であったといえるでしょう。11時半頃に迎えに来てもらい,昼食を済ませてからカラオケに行ったようです。
時間的に前後しますが,この日の午前中,母と叔父で家電量販店に出掛け,電話機を購入しました。電話機自体は使うことができたのですが,どういうわけかベルが鳴らなくなってしまっていました。つまりこちらからは掛けることが可能でも,どこかから掛かってきたときにはこちらでは気が付かないという状況になっていたのです。携帯電話はありますから,ものすごく不都合が生じてしまったというわけではありませんが,自宅の方に重要な電話が掛かってくるというケースも当然ながらありますので,新しいものを設置したというわけです。僕の家ではケーブルテレビ,固定電話,インターネットが一括になっています。ですから購入した電話機は,ケーブルテレビの会社の接続機に繋げればよいわけで,問題なく利用を開始することができました。
8月17日の午前中に,眼科検診を受けようと思いましてО眼科の方へ出掛けました。ただ,お盆休みで休診でした。これはもしかしたらそういうこともあるかもしれないと思っていたので大した驚きではありませんでした。事前に確かめずに出掛けていったのは,休診であっても買い物があったからで,いい方を換えれば買い物のついでに眼科を覗いてみたら,案の定,休診であったという方が正しいかもしれません。
その技の形から,ウエスタンラリアートは俗に首折りといわれることがありました。しかしこの首折りという異名は,単にウエスタンラリアートのスタイルから名付けられたものではありません。ハンセンは実際に試合中に相手の首の骨を折ってしまったことがあったからです。
僕は試合中に相手に怪我を負わせるというのは,プロレスラーとしての能力の欠如のひとつであると思います。ハンセンにそういった一面があったことも否めないと思っています。ただ,実際にこのアクシデントを起こしたということが,少なくともプロレスファンに対しては,大きなアピールになっていたということも事実であったと思います。
もしも首を骨折したのが,一介の無名レスラーであったとしたら,首折りという異名も,それほどまでは轟かなかったのかもしれません。しかし実際の相手というのは,無名どころかトップ中のトップレスラーよいっていい人間発電所でした。アクシデントがいつ起こったのか,僕は知りません。ただ,僕のプロレスキャリアのスタートに関わった友人に,このエピソードを聞いたような覚えがありますから,それ以前であったのは間違いないと思います。
ハンセンがこのアクシデントでほかのレスラーからどう思われたかは分かりません。ただこのことは,ハンセンが日本でトップに立つためには,むしろプラスに作用したといえるのではないでしょうか。
今日からは僕のⅠ型糖尿病との共生記の5回目です。前回は昨年の8月11日までで終っていますので,そこから開始します。
8月11日は土曜ですから,妹は休みです。ただ,名目上はこの日から夏休みということになっていました。15日の水曜日まででしたので,5日間ですが,実質的には月曜,火曜,水曜の3日間であったといっていいでしょう。
このうち,13日の月曜はピアノのレッスンを入れました。そして翌14日の火曜は,ガイドヘルパーに依頼して,カラオケに連れていってもらいました。この利用は,この日の午後,母も僕も自宅を空けなければならなかったためです。本来,ガイドヘルパーという制度の主旨は,こういうときに利用するためにあると思われますから,それに見合った依頼であったといえるでしょう。11時半頃に迎えに来てもらい,昼食を済ませてからカラオケに行ったようです。
時間的に前後しますが,この日の午前中,母と叔父で家電量販店に出掛け,電話機を購入しました。電話機自体は使うことができたのですが,どういうわけかベルが鳴らなくなってしまっていました。つまりこちらからは掛けることが可能でも,どこかから掛かってきたときにはこちらでは気が付かないという状況になっていたのです。携帯電話はありますから,ものすごく不都合が生じてしまったというわけではありませんが,自宅の方に重要な電話が掛かってくるというケースも当然ながらありますので,新しいものを設置したというわけです。僕の家ではケーブルテレビ,固定電話,インターネットが一括になっています。ですから購入した電話機は,ケーブルテレビの会社の接続機に繋げればよいわけで,問題なく利用を開始することができました。
8月17日の午前中に,眼科検診を受けようと思いましてО眼科の方へ出掛けました。ただ,お盆休みで休診でした。これはもしかしたらそういうこともあるかもしれないと思っていたので大した驚きではありませんでした。事前に確かめずに出掛けていったのは,休診であっても買い物があったからで,いい方を換えれば買い物のついでに眼科を覗いてみたら,案の定,休診であったという方が正しいかもしれません。