スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

中野カップレース&様態的変状

2014-06-24 19:03:07 | 競輪
 レインボーカップのファイナルも合わせて行われた久留米記念の決勝。並びは桐山-海野の南関東,松岡-浅井-有賀の近畿中部,中川-坂本-大塚の九州で堤は単騎。
 極度の牽制の末,浅井がスタートを取って松岡の前受け。4番手に中川,7番手に桐山,最後尾に堤で周回。牽制があったため,誘導がかなり先に行っていましたので,隊列が定まったらすぐにレースが始まるような展開。残り2周のホーム手前から桐山が動き,バックでは松岡を叩いて前に。さらにバックで中川が発進。このラインを行かせて桐山が4番手,松岡が7番手,堤が最後尾の一列棒状で打鐘。松岡は内を上昇,桐山をどかして4番手に。そのまま内を進出し,浅井は外から自力。しかし大塚の牽制があり一杯。番手有利に抜け出した坂本が優勝。マークの大塚が4分の3車輪差の2着。逃げた中川も半車輪差の3着に残り,九州勢の上位独占。
                         
 優勝した福岡の坂本亮馬選手は2010年8月の小田原記念以来ほぼ4年ぶりの記念競輪6勝目。久留米記念は初優勝。2009年から2010年にかけ,神奈川4競輪場の記念競輪をすべて制覇するなど大活躍。しかしその後は信じられないほどに落ち込んでしまいました。体格に恵まれているわけではないので,仕方ない面もあったかもしれませんが,年齢から考えれば脚力が極度に衰えるということは考えにくく,やや不思議な気がしていました。今日は展開面の恩恵があったので,まだ復活というには早いかもしれません。近いうちに自力で優勝を勝ち取ったら,そのようにみてもいいのではないでしょうか。

 無限と有限ではなく属性attributumと様態modi,modusが対義語的関係を構築するということ。同じことですが実体substantiaと様態が対義語的関係を構築するということ。このことを『エチカ』のテクストから導出する場合,鍵となるのは様態的変状modificatioという語句であると僕は考えています。
 岩波文庫版で様態的変状と訳されているラテン語はmodificatioです。様態というのはmodiないしはmodusですから,ここから派生していることは一目瞭然です。一方,変状というのはaffectioで,これに最も近いのは感情affectusです。とはいえmodificatioというのはmodiとaffectioとが合体したような語句ですから,各々の訳し方からしてこれを様態的変状と訳すのは自然なことだと考えられるでしょう。僕はラテン語に造詣があるわけではありません。ですから畠中尚志が何を根拠にこう訳したのかということについて確たることはいえません。ただ,この訳に異議申し立てをしている日本人学者というのは,僕が知る限りでは不在ですので,とくに問題とする必要はないでしょう。
 畠中は訳注で,modificatioとmodiにはニュアンスに相違はあっても意味には何らの相違はないという主旨のことをいっています。ただそこでオランダ語版De Nagelate Schriftenではスピノザが様態的変状としている部分が様態となっているという点を根拠に挙げていることには疑問をぶつけることが可能です。スピノザと言語の関係で示したように,スピノザはオランダ産まれのオランダ育ちではありますが,スペイン語とかポルトガル語ほどにはオランダ語を使いこなせたわけではなかったからです。スピノザのラテン語をオランダ語に訳したのはスピノザの友人たちです。いかにスピノザと懇意にしていた人びとによる訳であるとはいえ,このオランダ語版,通称N・S・版といわれている版に依拠して『エチカ』を解するのは,危険性が伴うと思います。
 もっとも,危険性が伴うというのは,確実性が低下するとか,精度を欠くということです。必然的にnecessario誤謬errorに直結するわけではありません。僕も畠中の主張していることが,全面的に誤りだとは思っていません。
コメント
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