スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

派生感情&『エチカ』と不完全性定理

2019-08-05 19:09:42 | 哲学
 第三部諸感情の定義一六の歓喜gaudiumと第三部諸感情の定義一七の落胆conscientiae morsusを,どのような感情affectusであると僕が考えているのかということを説明するときに,最初の前提となるのは観念と感情の関係です。つまり観念ideaは感情がなくてもあることができますが,感情は,その感情の対象となるようなものの観念が前もって精神mensのうちに存在するのでなければ,あることができないということです。
                                   
 さらにもうひとつ,僕の考え方を説明するために使用するある用語を,僕がどのような意味でいうのかということを説明しておきます。
 畠中は,安堵securitasと絶望desperatioと歓喜と落胆のよっつの感情を,希望spesおよび不安metusからの派生感情であると脚注の中でいっています。ただし,僕は希望と不安が表裏一体の感情であるとみているのですから,希望からの派生感情は不安からの派生感情でもありますが,畠中は異なった解釈を採用しているのですから,安堵と落胆は希望の派生感情で,絶望と歓喜は不安からの派生感情であるといっていると解さなければなりません。
 このとき,畠中がどのような意味で派生感情といっているのかは不明です。しかし僕は考察の正確性を期すために,派生感情というのをどのような意味で用いるのかを明確にしておきます。
 Xという感情がある人間に発生するとき,前もってAという感情が存在している必要があったという場合,僕はXはAの派生感情であるといいます。気を付けておいてほしいのは,前もって存在していなければならなかったというのは,因果関係を意味するものではないということです。したがって,Aという感情がXという感情の原因causaであるなら,XはAの派生感情ですが,もしAという感情がXという感情の原因ではないとしても,Xという感情が発生するためにAという感情があるのでなければならないのなら,XはAの派生感情であると僕はいいます。

 このように,『エチカ』という公理系の内部には,公理系を認識するcognoscere認識cognitio,すなわち第二種の認識cognitio secundi generisを上回る第三種の認識cognitio tertii generisが人間にはあり,かつ現実的に存在する人間は,その第三種の認識によって必然的にnecessario何事かを認識しているということが含まれていることになります。いい換えれば,『エチカ』を十全に認識するよりも優る認識があるのであり,かつ僕たちはそういう認識によって何事かを認識していると証明されていることになるのです。
 このような論証Demonstratioが『エチカ』に含まれているからといって,『エチカ』がゲーデルの不完全性定理を逃れているというようには僕は考えません。『エチカ』に第二種の認識を上回る認識が示されなければならなかったのは,第二種の認識によっては認識することができないものを認識することを目指していたスピノザにとってそれが必要だったからなのであり,ここには確かに第二種の認識にとっての限界が含まれているとはいえますが,この限界というのはゲーデルKurt Gödelが証明した限界とは明らかに異なったものであり,ゲーデルが示した限界を乗り越えることが意図されていたわけではありませんし,それで乗り越えることができているというようにも僕は思えないからです。というのも,『エチカ』でそれが論証されている以上,僕たちはそのことについては第二種の認識,すなわち公理系を十全に理解するための認識によって理解するのですから,公理系はその公理系の正当性を公理系の内部では証明することができないという不完全性定理の内容によれば,そもそもそのこと自体の論証が不可能であるという結論になると僕は考えるからです。
 ただし,これはあくまでも僕の考え方であって,ゲーデルの不完全性定理からスピノザの哲学を擁護することは,できないことではないということは僕も認めます。というのは,公理系の正当性を公理系の内部においては証明することができないというのがゲーデルの不完全性定理が意味するところであれば,そこにはカヴァイエスJean Cavaillèsがおそらくそのようにみなしていたと思われるように,公理系の内部には属さないような,いい換えれば公理系の外部の認識というものが想定され得るからです。
コメント
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