スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

マイナビ女子オープン&有用な受動

2022-04-23 18:54:03 | 将棋
 21日に甲府で指された第15期マイナビ女子オープン五番勝負第二局。
 西山朋佳女王の先手で三間飛車から向飛車。後手の里見香奈女流四冠はなかなか態度を明らかにしませんでしたが,居玉のまま1三に香車を上がり,ダイレクトに1二に飛車を振るという,珍しい形の相振飛車。後手が1筋から仕掛ける将棋で,その後の先手の反撃に対応を誤ったために,先手がリードを奪いました。そのまま先手が押し切る将棋でしたが,実際は後手にもチャンスがある局面があったようです。
                                        
 第1図で先手は☗5三銀と打ったのですが,実際はこの手は危険だったようです。実戦は☖同銀☗同と☖6二金と進んで事なきを得ましたが,☖6二金の局園では☖4七香と王手をする手があり,これなら互角の勝負にはなっていたようです。
 ☖6二金の局面で☖4七香が有力なら,たぶん☗5三銀にすぐ☖4七香も有力。☗同金なら☖5三銀で後手が勝つでしょうから☗5九王ですが,そこで☖5三銀の方が,感想戦で示されている手順よりもさらに後手が得をしているように思います。
 西山女王が勝って1勝1敗。第三局は来月14日に指される予定です。

 憐憫commiseratioという感情affectusが,理性ratioに従う限りにおいては無用であるということの裏には,理性に従わない場合は有用であるという意味が含まれているように読解できます。第四部定理四系が示しているのは,人間は常に理性に従っていることはできないということです。このことは現実的に存在するすべての人間に妥当するので,どんな人間でも理性に従っていないときがあることになります。よって,もしその場合に憐憫が有用であるというなら,すべての人間にとって憐憫は有用であるということになります。
 このことは,第四部定理五〇の文言はそのように読解することができるということであって,実際にスピノザがそのように主張しているということを証しているわけではありません。ですが実際にスピノザはそのように考えています。そのことは第四部定理五〇備考から明白であるといっていいでしょう。憐憫という感情は悲しみtristitiaであるけれど,他人,というのはある人が憐憫を感じている他人のことですが,その他人を援助するようにその人を動かす感情であるとスピノザはみているのです。そして同時に,人は理性に従う限りでは,その人を援助するという行動をとるともスピノザは考えています。したがって,憐憫という感情によってその憐憫を感じている人に対して発生する行動は,理性によって,つまりたとえ憐憫を感じないとしてもその人に対してとる行動と,同一の行動であることになります。いい換えれば現実的に存在する人間は,憐憫という受動passioによって,理性による精神の能動actio Mentisと同じ態度なり振る舞いをするということになります。あるいはキリスト教的にいえば,人は憐憫を感じることによって,敬虔pietasであることができるのです。したがって憐憫という感情は有用であるということになるでしょう。
 ここでは憐憫を例としましたが,スピノザがこのような意味で肯定的に評価する受動感情,あるいは悲しみに属する感情は,憐憫だけであるというわけではありません。第四部定理五四備考では,自己嫌悪humilitasと後悔poenitentia,そして不安metusは,害悪より利益を齎すといわれていて,不安と表裏一体の喜びlaetitia,つまり必然的にnecessario受動である希望spesについても同様のことがいわれています。
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