スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

燦燦ダイヤモンド滝澤正光杯&入門書の表現

2022-12-13 19:33:05 | 競輪
 11日の松戸記念の決勝。並びは山口‐磯田の茨城栃木,松井‐岩本‐和田の南関東,中西‐三谷の近畿で高橋と上田は単騎。
 和田がスタートを取って松井の前受け。4番手に中西,6番手に高橋,7番手に山口,最後尾に上田で周回。残り3周のホームから山口が上昇開始。上田は続きませんでした。バックから松井が突っ張り,引いた山口が4番手に。この後のコーナーから中西が発進。松井はこれも突っ張りに出ました。打鐘後のコーナーで岩本が中西を牽制。これで松井の突っ張り先行に。今度は中西が4番手に入りました。バックに入ると山口が巻き返せないとみた磯田が自力で発進。しかし上がっていく前に岩本が番手捲りを敢行。これで後ろはなす術がなくなり,岩本と和田の優勝争い。両者の差は詰まらず,岩本が優勝。1車身差で和田が2着に入って地元勢のワンツー。地力を出した磯田が6車身差で3着。
 優勝した千葉の岩本俊介選手は当地で行われた一昨年の千葉記念以来の記念競輪制覇で記念競輪4勝目。同年に松戸記念も優勝していて,松戸記念は2年ぶりの2勝目。2011年に優勝した取手記念も松戸での代替開催でしたので,記念競輪の4勝はいずれも松戸でのものとなりました。このレースは地元勢を引き連れた松井が,他の自力型よりも力量上位。なので前を取って突っ張った方が先行しやすいとみての作戦であったと思います。和田が1番車でしたから,ほかのラインあるいは単騎の選手たちにとっては仕方がない面もあったと思いますが,南関東勢の作戦勝ちというレースでしょう。

 僕はスピノザの形而上学の下で物事を考えることが,すでにある程度は習慣化されています。なので,スピノザの形而上学の下での社会societasが,あり得たかもしれない別の近代の姿であるというような言説は,不自然であるということに直観的に気が付きます。ですから僕と同じように考えることが習慣化されている人からみれば,國分はスピノザの入門書において,スピノザのオペレーションシステムはデカルトRené Descartesのオペレーションシステムとは異なるといっておきながら,そのことをデカルトのオペレーションシステムの下で説明しているというように批判したくなるのではないかと思います。実際にそのような批判が可能であるということは僕は否定しませんが,しかしそのような批判は不要であるとも僕は考えるのです。なぜなら國分はおそらくそのようなことは十分に承知した上で,このような説明をしているのだと僕は考えるからです。
                                         
 『はじめてのスピノザ』は入門書なのであって,それを手に取って読むという人の多くは,スピノザの哲学のことをよく知らない人だと思われます。そのような人はデカルトの形而上学の下で物事を考えるということが習慣化されていることが一般です。ですからそういった人たちからみれば,國分の説明というのは,不自然であるどころかむしろ腑に落ちるものだと思います。そこでこの説明によって,スピノザの哲学を学ぶときに,デカルトの形而上学の下で考えてはならないのであり,デカルトのオペレーションシステムとは異なったものとして,スピノザのオペレーションシステムを一から学ばなければならないという心構えをもつことができるのであれば,國分のその表現は,入門書における表現としては有効だといえるでしょう。ですから確かに國分はスピノザの哲学とは相容れないようなことをいってはいるのですが,そのことをとくに問題視しなければならないとは僕は考えません。
 このことから理解できるように,スピノザのオペレーションシステムを学ぶということは,デカルトのオペレーションシステムをアップデートするということではなく,新しいオペレーションシステムを最初から学んでいくということなのです。
コメント
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