スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

日本テレビ盃&方向

2020-10-01 19:05:13 | 地方競馬
 昨晩の第67回日本テレビ盃
 発走してすぐにサルサディオーネが先頭に立ちましたが,ダノンファラオとアナザートゥルースの2頭が競りかけていきました。サルサディオーネとアナザートゥルースの先行争いは向正面に入るまで続き,内のサルサディオーネが半馬身ほど前に。引いたダノンファラオが2馬身差で3番手。ここからは6馬身ほど開き,ロードブレス,アングライフェン,ミューチャリーの順で好位を形成。さらに3馬身差でデルマルーヴル,ストライクイーグルの順。ここから5馬身くらいでディアドムス。大きく開いてコウエイワンマンとデルグルネ。また大きな差があってキタノイットウセイとグランドサッシュ。前半は前のほうにいたヒカリオーソはまた鼻血を出してしまい競走中止。最初の800mが46秒1という猛烈なハイペースになったため,とても縦に長い展開。
 3コーナーを回るとサルサディオーネは一杯になり,アナザートゥルースが先頭に。ダノンファラオは2番手に上がるところまで頑張って一杯になり,その内からロードブレスが2番手に。直線に入ってアナザートゥルースも一杯となり,ロードブレスが先頭に立つと,そのまま抜け出して快勝。先に動いたミューチャリーを追うように伸びてきたデルマルーヴルが2馬身差で2着。さらにその後ろから大外を伸びたストライクイーグルが2馬身半差で3着。ミューチャリーは1馬身半差の4着で,アナザートゥルースが1馬身半差で5着。6着以下はここから2秒の大差がつきました。
 優勝したロードブレスは重賞初制覇。昨年1月にデビューしてずっと芝を走っていましたが,今年の1月に初めてダートに出走すると2着に1秒8の差をつける大勝。それを機に3連勝してオープン馬となると,初戦は4着でしたが2戦目を勝ってここに挑戦。今年は例年ほどの強力なメンバーが不在でしたので,底を見せていないこの馬にも勝機は十分とみていました。考えられないようなハイペースになったので,展開面が結果に大きく左右しましたが,位置取りがすごくよかったというわけではなく,むしろこの馬でも前すぎたように思います。したがって,着差以上の評価はしていいのではないでしょうか。ただメンバー構成上は,トップクラスで通用するという裏付けとはなっていないようにも思えます。とはいえ底を見せていないわけですから,通用する可能性も大いにあるでしょう。父は2010年にラジオNIKKEI杯2歳ステークス,2013年にアメリカジョッキークラブカップに勝ったダノンバラードでその父はディープインパクト。母の父は1999年に菊花賞を勝ったナリタトップロードで祖母の父がフジキセキ。3代母は1993年に中山牝馬ステークスに勝ったラビットボール
 騎乗した三浦皇成騎手と管理している奥村豊調教師は日本テレビ盃初勝利。

 スピノザが思惟の属性Cogitationis attributumの間接無限様態を示さなかった理由について,河合が述べていることになぜ僕が賛同するのかといえば,河合の視点が,思惟の属性の間接無限様態は何であるのかという方向には向いていないという点と関連します。これは分かりくいのではないかと思いますので,詳しく説明しておきましょう。
                                    
 直接無限様態であれ間接無限様態であれ,当然のことですが実体substantiaとか属性であるわけではなく,様態modiです。したがって思惟の属性の直接無限様態も,思惟の属性の間接無限様態も,まずは思惟の様態cogitandi modiと理解されなければなりません。そしてスピノザが第二部公理三でいわんとしたことは,思惟の様態のうち第一のものは観念ideaであるということです。よって,思惟の属性の直接無限様態も思惟の属性の間接無限様態も,観念として理解されなければならないということになります。同時に第一部公理六の意味のうちには,観念は必ず何らかの観念である,いい換えればある観念が実在的realiterであれば実在的な観念の対象ideatumがあるということが含まれているといえます。よって仮にそれをXで示すなら,思惟の属性の直接無限様態も思惟の属性の間接無限様態もXの観念でなければならないのです。ただし,思惟の属性の間接無限様態は,近藤のいうような諸観念の総体ではないということを明らかにしたときにいったように,思惟の属性の直接無限様態と思惟の属性の間接無限様態との間には,第一部定理二二で示されているような因果関係があるために,同じものであるということはできません。そこでより正確を期すために,ここでは思惟の属性の直接無限様態をXの観念でなければならないとして,思惟の属性の間接無限様態についてはYの観念でなければならないといっておきます。
 書簡六十四では,思惟の属性の直接無限様態は無限知性intellectus infinitusであるといわれています。スピノザの哲学では知性というのが観念の集積を意味することになっているので,上述の規準は遵守されていることになります。無限知性の観念対象を何というべきかは難しいとしても,少なくとも無限に多くのinfinitaものの観念ではあるので,思惟の属性の直接無限様態がXの観念であることには間違いありません。
コメント
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