結構前の記事ですが、すごいインタビューが出てました。
一番難しいのは「生き残ること」、大塚明夫が「声優」という職業を語る - GIGAZINE
こういう話が誰でもネットで読めるようになったのはすごい時代だと思います。
世の中には大ざっぱに分けて二種類の職業がありまして、一つは、「別に誰かに呼ばれたわけでなくても毎日決められた通りに職場に行って仕事をすれば毎月決められた給料が振り込まれる職業」です。大抵の会社員とか公務員、教員……まあ、普通に「労働者」と呼ばれる仕事の多くはこれですよね。
一方、その職種を名乗ることは自由だが、実際に誰かに呼ばれて仕事をしない限りは収入ゼロ、という職業も世の中にはあります。
そのような、「仕事に呼ばれることで初めて収入を得られる」職業と言えば、上のインタビュー記事の声優とか役者、歌手、漫画家、イラストレーターとか、芸術系の仕事をまず考えつきます。
一見芸術とは関係なさそうなキャバ嬢とかホストとかも、どちらかというと「呼ばれなければ仕事にならない職業」ですね。あと芸者とかも。俗に、テレビに出る仕事をしている人のことを"電波芸者"なんて呼ぶこともありますけど、これはテレビの出演者を呼ぶしくみが、芸者が座敷に呼ばれるシステムと似ているからってのもあります。
ふつうの労働者が毎日職場に行くのは、別に毎日自分の会社や自分の上司によって、今日仕事があるからと"呼ばれた"からってわけではないんです。たとえその日にほとんど仕事が無くてヒマだったとしても、毎月(手当などによって変動はあるものの)決まった月給がもらえるわけです。
会社が倒産するとか大災害で仕事ができないとか、何か特別なことでも起きない限り、いきなり来月の収入がゼロになることはない。
しかし、「呼ばれる仕事」ではそれがあり得ます。「仕事に呼ばれない」だけで、どんなに技術や実績があろうと、いきなり収入がゼロになることもありうる。
つまり、どれほどの技術や才能があろうと、まずは仕事に呼ばれないことにはいつまでも収入はゼロのままです。
そして、仕事に呼ばれるためには、才能とか技術が重要なんだ、だから(才能や技術を磨くための)努力を、ってことが一般的によく言われますが、これも誤解の元で、実はそれだけでは不十分です。
まずは「仕事に呼ぶ側の人」から自分の存在を認識してもらわないことには、いつまでたっても仕事に呼ばれることはありません。仮に呼ばれることがあったとしても、人数合わせのための一山ナンボの重要でない、謝礼も少ない雑仕事ばかりということになりがちです。
ああいう職業は基本的に人嫌いだと務まらないし、呼ぶ側の立場にある人の中に、自分を評価をしてくれる人や自分への理解者の存在が不可欠です。
そして、そういう人や仕事との出会いがある、あったという運が重要なんだと思います。
その上、世の中一般の扱いは、「来月確実に収入があるという保証のあるほう」を上とします。
例えばですが、年収300万ぐらいの新卒正社員と、年商1000万の自営業と、どっちがローン通るか、って言ったら正社員のほうです。部屋を借りるにもどっちが借りやすいかって言ったら、やっぱり正社員のほうです。いまだにそういう社会です。ついでに、「年金暮らしの両親が健在なニート」と、身寄り親族の無い年商1000万自営業だったら、部屋を借りやすいのは寄生ニートのほうだそうです。両親から回収できるから。
だから、一定の地位を得た「呼ばれる仕事」の労働者は、少しでも「呼ぶ側」か、「呼ばれる人の人選について呼ぶ側に発言力を行使できる立場」になろうとします。役者だったら自分の劇団を作るとか、養成所の役員に収まるとか、ホストが自分の店を持つとか、お笑い芸人が司会者になりたがるとか。
ここまでで気づくと思いますが、最近の派遣とか日雇い等も、普通の仕事をする労働者でありながら、こういう「呼ばれる」仕事形態に近いと言えます。あと最近話題のノマドとか。でも、「呼ばれる」仕事の場合は、「呼ぶ側」にとって、人数さえ合えば誰でもいい、予算は最低という仕事ばかり受けていると、いつまでも下請け的な立場のままです。そして、そういう仕事に対する呼ぶ側の本音は「安ければ誰でもいい」のですから、代わりは他にいくらでもいる、ということになります。
芸術畑の仕事の場合にも、主役級とか上位ランクの人だと「どうしてもこの人でなければ!」ってのはありますけど、いわゆる底辺のモブとかガヤだと、誰でもいいからヒマそうな奴に声かけとけとか、派遣だったら「とりあえず誰でもいいから体力があって健康な人を何人よこせ」とか。だから、これらは"単純"労働と呼ばれる。
だから、呼ばれる側としては、まずは呼ぶ側の立場の人に対して、自分の存在を知ってもらって名前を覚えてもらわないと、いつまでも「誰でもいいからスケジュールが空いててギャラが安い奴を一山いくらで」という扱いから脱却できないし、最悪の場合、声すらかかりません。
どんなに才能があろうが、仕事のニーズと自分の特徴がマッチしていようが、呼ぶ側の人に存在を知られていないことには、仕事に呼ぼうにも呼びようがない、ということです。
業界によってはランクごとの"料金表"なんてものがあったりしますけど、「上手い人」「技術のある人」ほど上位にランクされるのかというと、そんなことは全然ないです。
上の記事なんかでも、呼ぶ側の人にかわいがられるように、好かれるようにしなさい、という話が出ると、ピロー的な意味に曲解する人が出てくるんだけれど、実際、世の中で「呼ぶ権利」「誰を呼ぶかの人選を行なう権利」を持ってるのはどんな人かというと、中年のオジサン、ぶっちゃけて言えば「老人」が多いということになります。だからどこでも老人(年長者)の権力はいきおい強くなる。
しかしながら、誰であろうと、わざわざ嫌いな奴なんかを仕事に呼びたくはない。「その人の人格は大嫌いだが、才能は評価するから呼んで仕事を与えてあげる」…そんなことをどれだけの人ができるのか?現実にはそんなことは極めて珍しいだろうなと思います。
大抵どこの業界でも、呼ぶ側にとって性格が良くてコミュニケーションのとれる人がいい仕事をとっている。本人しか評価していない才能なんて二の次です。どうせ呼ぶ側も正しく評価できてないし。
もう一つ、上の記事ですごいなと思ったのは、特に芸術系の仕事を目指すってことは、世の中の生産活動からドロップアウトすることだ、と一般の読者向けにはっきりと表明したことです。昔は経済的に芸術家を支えることが出来たのは王侯貴族ぐらいでした。
芸術系の仕事というものは、世の中の生産活動に直接貢献するわけではないから、自分たちの仕事に対してお金を払う余裕のある層が世の中に居てくれないと成り立たない職業です。もしも、みんなが貧乏でカツカツな生活をしている世の中になってしまったなら、もはや誰も経済的に余裕が無いから芝居やコンサートのチケットなんか買えないし、円盤も本もマンガも買えなくなります。当然、表現者という仕事も成り立たなくなってしまいます。
なので、芸術とか、そういう仕事をしている人ほど、かえって世の中の経済や政治のしくみを知っておいたほうがいいかと思います。それと、歴史についても。政治や経済とか、人間の社会のしくみの成り立ちを解説しているのが歴史だからです。
なんだかまとまりがないですが、改めて「呼ばれる仕事」の世界で食っていけている人はすごいな、というのと、昨今の派遣化とか雇用の流動化ってのは、「普通の労働者」にも、「仕事に呼ばれる技術」についての意識とか、「来月から収入ゼロ」になるかもという覚悟を常に要求する世界になるという面もあるのだと思います。
にほんブログ村
一番難しいのは「生き残ること」、大塚明夫が「声優」という職業を語る - GIGAZINE
こういう話が誰でもネットで読めるようになったのはすごい時代だと思います。
世の中には大ざっぱに分けて二種類の職業がありまして、一つは、「別に誰かに呼ばれたわけでなくても毎日決められた通りに職場に行って仕事をすれば毎月決められた給料が振り込まれる職業」です。大抵の会社員とか公務員、教員……まあ、普通に「労働者」と呼ばれる仕事の多くはこれですよね。
一方、その職種を名乗ることは自由だが、実際に誰かに呼ばれて仕事をしない限りは収入ゼロ、という職業も世の中にはあります。
そのような、「仕事に呼ばれることで初めて収入を得られる」職業と言えば、上のインタビュー記事の声優とか役者、歌手、漫画家、イラストレーターとか、芸術系の仕事をまず考えつきます。
一見芸術とは関係なさそうなキャバ嬢とかホストとかも、どちらかというと「呼ばれなければ仕事にならない職業」ですね。あと芸者とかも。俗に、テレビに出る仕事をしている人のことを"電波芸者"なんて呼ぶこともありますけど、これはテレビの出演者を呼ぶしくみが、芸者が座敷に呼ばれるシステムと似ているからってのもあります。
ふつうの労働者が毎日職場に行くのは、別に毎日自分の会社や自分の上司によって、今日仕事があるからと"呼ばれた"からってわけではないんです。たとえその日にほとんど仕事が無くてヒマだったとしても、毎月(手当などによって変動はあるものの)決まった月給がもらえるわけです。
会社が倒産するとか大災害で仕事ができないとか、何か特別なことでも起きない限り、いきなり来月の収入がゼロになることはない。
しかし、「呼ばれる仕事」ではそれがあり得ます。「仕事に呼ばれない」だけで、どんなに技術や実績があろうと、いきなり収入がゼロになることもありうる。
つまり、どれほどの技術や才能があろうと、まずは仕事に呼ばれないことにはいつまでも収入はゼロのままです。
そして、仕事に呼ばれるためには、才能とか技術が重要なんだ、だから(才能や技術を磨くための)努力を、ってことが一般的によく言われますが、これも誤解の元で、実はそれだけでは不十分です。
まずは「仕事に呼ぶ側の人」から自分の存在を認識してもらわないことには、いつまでたっても仕事に呼ばれることはありません。仮に呼ばれることがあったとしても、人数合わせのための一山ナンボの重要でない、謝礼も少ない雑仕事ばかりということになりがちです。
ああいう職業は基本的に人嫌いだと務まらないし、呼ぶ側の立場にある人の中に、自分を評価をしてくれる人や自分への理解者の存在が不可欠です。
そして、そういう人や仕事との出会いがある、あったという運が重要なんだと思います。
その上、世の中一般の扱いは、「来月確実に収入があるという保証のあるほう」を上とします。
例えばですが、年収300万ぐらいの新卒正社員と、年商1000万の自営業と、どっちがローン通るか、って言ったら正社員のほうです。部屋を借りるにもどっちが借りやすいかって言ったら、やっぱり正社員のほうです。いまだにそういう社会です。ついでに、「年金暮らしの両親が健在なニート」と、身寄り親族の無い年商1000万自営業だったら、部屋を借りやすいのは寄生ニートのほうだそうです。両親から回収できるから。
だから、一定の地位を得た「呼ばれる仕事」の労働者は、少しでも「呼ぶ側」か、「呼ばれる人の人選について呼ぶ側に発言力を行使できる立場」になろうとします。役者だったら自分の劇団を作るとか、養成所の役員に収まるとか、ホストが自分の店を持つとか、お笑い芸人が司会者になりたがるとか。
ここまでで気づくと思いますが、最近の派遣とか日雇い等も、普通の仕事をする労働者でありながら、こういう「呼ばれる」仕事形態に近いと言えます。あと最近話題のノマドとか。でも、「呼ばれる」仕事の場合は、「呼ぶ側」にとって、人数さえ合えば誰でもいい、予算は最低という仕事ばかり受けていると、いつまでも下請け的な立場のままです。そして、そういう仕事に対する呼ぶ側の本音は「安ければ誰でもいい」のですから、代わりは他にいくらでもいる、ということになります。
芸術畑の仕事の場合にも、主役級とか上位ランクの人だと「どうしてもこの人でなければ!」ってのはありますけど、いわゆる底辺のモブとかガヤだと、誰でもいいからヒマそうな奴に声かけとけとか、派遣だったら「とりあえず誰でもいいから体力があって健康な人を何人よこせ」とか。だから、これらは"単純"労働と呼ばれる。
だから、呼ばれる側としては、まずは呼ぶ側の立場の人に対して、自分の存在を知ってもらって名前を覚えてもらわないと、いつまでも「誰でもいいからスケジュールが空いててギャラが安い奴を一山いくらで」という扱いから脱却できないし、最悪の場合、声すらかかりません。
どんなに才能があろうが、仕事のニーズと自分の特徴がマッチしていようが、呼ぶ側の人に存在を知られていないことには、仕事に呼ぼうにも呼びようがない、ということです。
業界によってはランクごとの"料金表"なんてものがあったりしますけど、「上手い人」「技術のある人」ほど上位にランクされるのかというと、そんなことは全然ないです。
上の記事なんかでも、呼ぶ側の人にかわいがられるように、好かれるようにしなさい、という話が出ると、ピロー的な意味に曲解する人が出てくるんだけれど、実際、世の中で「呼ぶ権利」「誰を呼ぶかの人選を行なう権利」を持ってるのはどんな人かというと、中年のオジサン、ぶっちゃけて言えば「老人」が多いということになります。だからどこでも老人(年長者)の権力はいきおい強くなる。
しかしながら、誰であろうと、わざわざ嫌いな奴なんかを仕事に呼びたくはない。「その人の人格は大嫌いだが、才能は評価するから呼んで仕事を与えてあげる」…そんなことをどれだけの人ができるのか?現実にはそんなことは極めて珍しいだろうなと思います。
大抵どこの業界でも、呼ぶ側にとって性格が良くてコミュニケーションのとれる人がいい仕事をとっている。本人しか評価していない才能なんて二の次です。どうせ呼ぶ側も正しく評価できてないし。
もう一つ、上の記事ですごいなと思ったのは、特に芸術系の仕事を目指すってことは、世の中の生産活動からドロップアウトすることだ、と一般の読者向けにはっきりと表明したことです。昔は経済的に芸術家を支えることが出来たのは王侯貴族ぐらいでした。
芸術系の仕事というものは、世の中の生産活動に直接貢献するわけではないから、自分たちの仕事に対してお金を払う余裕のある層が世の中に居てくれないと成り立たない職業です。もしも、みんなが貧乏でカツカツな生活をしている世の中になってしまったなら、もはや誰も経済的に余裕が無いから芝居やコンサートのチケットなんか買えないし、円盤も本もマンガも買えなくなります。当然、表現者という仕事も成り立たなくなってしまいます。
なので、芸術とか、そういう仕事をしている人ほど、かえって世の中の経済や政治のしくみを知っておいたほうがいいかと思います。それと、歴史についても。政治や経済とか、人間の社会のしくみの成り立ちを解説しているのが歴史だからです。
なんだかまとまりがないですが、改めて「呼ばれる仕事」の世界で食っていけている人はすごいな、というのと、昨今の派遣化とか雇用の流動化ってのは、「普通の労働者」にも、「仕事に呼ばれる技術」についての意識とか、「来月から収入ゼロ」になるかもという覚悟を常に要求する世界になるという面もあるのだと思います。
にほんブログ村