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だいたい、日展入賞を重ねられている著名な奈良・赤膚焼、八代目・大塩正人窯にアポなしでお伺いするとは・・大変失礼なこと。
(お訪ねしてはじめて、赤膚焼の歴史と著名な窯(かま)であることを知ったのです。以前、インターネットで検索した「奈良の工芸品」で紹介されていたものをメモしていたものですが、昨日、近くを通ったため、急遽立ち寄ったのです。)
突然の訪問にも拘らず、快くお受け頂き、ご対応頂いた奥様とご長男・正巳氏には、深謝、深謝である。
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奈良・赤膚焼、大塩正人窯(おおしお まさんど がま)。大きな柿の木があった。
赤膚焼の窯は初めての訪問だ。
場所が分からず道に迷いつつ、駐車場の看板に救われる。
車を停めた前にあった正人窯の作業場に直接伺ったのだ。
(隣に、作品の展示・販売スペースがあったのですが・・・気づかず・・)
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ロクロを回されたり、土を練っておられるところに声を掛けたのだ。
この赤膚焼とは、小堀遠州公七窯の一つで、ここ赤膚山にある鉄分の多い陶土を使った陶器である。
焼き方により赤味、黄味、黒味と変化する。絵付けに奈良絵(大和絵も言う)という赤や緑の鮮やかな色彩で簡略な鳥居や鹿などを描いているのも特色だ。
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豊臣秀吉の弟で、千利休とも親しかった豊臣秀長が、尾張の国(愛知県)常滑(とこなべ)の陶工を招いて赤膚山で茶器を焼かせたのが始まりとされている。
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その後、寛政の頃に大和郡山藩主・柳沢堯山(保光)公の保護で御用窯となり、中・西・東の3窯が出来たという。
また天保年間には、柏屋武兵衛、一名奥田木白(もくはく)などが赤膚焼を全国に広めたという。
「赤膚焼」というのは、釉薬(ゆうやく)によって赤く焼き上げられたものでなく、五条山(赤膚山)近辺の赤い陶土を使って焼くため、釉薬のかかっていない素肌の部分(茶碗であれば高台のあたり)に、温か味のあるほのかな赤みを指すことから柳沢堯山(保光)公によって、「赤膚焼」と名づけられたとか。
現在の赤膚焼の窯元は、ここ奈良市に4軒、そして隣の大和郡山市に2軒の、6軒の窯元があるという。
作業中の女性が手を止めて、「登り窯」と「穴窯」を案内して貰うことに・・・。
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「登り窯」は10年前までは使っていたが、現在は電気窯を使っているという。その上部にある「穴窯」は1年に一度程度使うとか。
この「登り窯」は、素人の私が見ても、かなり立派な雰囲気のある窯であることがわかる。大量に焼くときに使われるのだろう。恐らく4日間ほど寝ずの番をして焼くのだろう。
作業所の軒下には、赤膚山から採取されたと思われる「赤土」と、黒っぽい固めの土が積まれていた。
そして作品が展示販売されている建屋に案内された。
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展示販売コーナーでは、八代目・大塩正人(おおしお まさんど)さんの奥様がおられ、更に説明を聞くことに・・・。
人肌の優しい色の器、紫陽花色の花器、薄緑色の花器が、そして、奈良絵といわれる絵が描かれている器があった。趣のある部屋に展示されている。一つ一つが、綺麗な作品だ。
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釉薬(ゆうやく)には、藁灰(わらばい)と落葉樹のクヌギ・樫の葉っぱを燃やした土灰(つちばい)に長石の粉を混ぜた「萩釉(はぎゆ)」と呼ばれるものを使うという。これが赤膚焼独特の乳白色の色合いを出すのだ。
この萩釉は、流れ落ちて塗りにくいとか。そのため、綺麗に出来上がると高価な作品になるという。
また、「石灰釉(せっかいゆ)」、または「透明釉(とうめいゆ)」と呼ばれる釉薬もあるとか。これは茶色や青色を出すときに使うという。
また、「キショウ(?)」と呼ばれる、中国から来た釉薬は、紫陽花色が出るという。
茶器から始まった赤膚焼だが、やがて皿や花器なども焼くようになり、コーヒー茶碗やアクセサリーも。
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途中から正巳氏が帰宅され、引き続き説明を受け、再び作業場に案内されることに・・・。別の棟にある絵を描く作業場にも案内頂いた。
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ところが、残念なことに昼の休憩時間になり、作業を見ることは出来なかった。
八代目・大塩正人(大塩正義さん)の次男・正さんは九代目で、日展入賞も重ねられて、販売展示コーナーの一角にその作品があった。新しい色と形、新しい感性の作品とお見受けした。
伝統の技術を守りながら、代々の陶工が新しいことにチャレンジしてきたという。これからも、新しいことにチャレンジされるだろう。
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かわいい奈良絵が描かれた一輪挿しの花瓶を買い求めた。壷の裏に「赤膚山 正人」の銘があった。
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正巳氏は、『私は、奈良絵が描かれていない、素朴な人肌の「赤膚焼」のほうが好きですね。本当の値打ちがあると思いますよ。』とも。
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また、氏から「伝統工芸士」を訪ねる場合の心得を教えて貰った。(ご注意とも・・・)
①「作品を見せて欲しい。」と言うのではなく、「作品を拝見させて頂きたい。」と言うこと。ただ単に見るのではないという印象を与えること。
②事前に電話し、都合を聞くこと。作業場の写真を撮る場合は、特に必要なのだ。
③手土産などを持参し、心配りをすること。気はこころ程度に・・・だ。
②と③は、心得ているつもりであったが・・・・①については、「なるほど!」と思った。
加えて④番目として言えることは、事前にその工芸品についての予備知識を得てから訪ねたいものです。
今回は、飛び込み訪問であったため、全てがバツ!
まあ、これも素人だから許されることとは云え、常識に欠けた行動に「反省!」。
皆さんも、くれぐれもこういうことの無きように・・・ご参考迄に。
正人窯 (まさんどがま)
八代目 大塩正人
〒630-8035 奈良市 赤膚町1051-2
電 話 : 0742-45-4100
のび太も一時、焼物が好きで備前・萩・笠間・益子等などにはまり、窯元にも何回か足を運んだことがありました。 焼物を見ると欲しくなるので、最近は近づかないことにしてますが、此の夏にも親戚の娘が嫁いだ窯元(上野焼=あがのやき・・・福岡県)の展示会に招かれお付き合いさせられてます。
でも私が知っている赤膚焼きは奈良絵の描かれたものがほとんど、あとは肌色一色でした。
新しい作風が生まれているのでしょうね。
ん十年も前のことですから。
その頃、一休寺に行って、玄関のガラスケースに
入っていた赤膚焼きを見て初めてその名を知りました。
お寺で窯元を教えて貰い訪ねて行きました。
奈良絵の描かれた小さな抹茶茶碗を買ったのですが、
学生だったので、持ち金をはたいて買った記憶があります。
お茶をしていた母も気に入って、お茶会の変え茶碗
に丁度いいというのでわざわざ買いに出かけたこともありました。
また是非訪ねてみたいと思います。
「伝統工芸」を訪ねる時の心得を守って。
伝統工芸の里を訪ね歩いて、いろいろな発見ありですネ。どうも陶芸の価値が分からないのです、ともかく難しく、二度と同じものは出来にくい。微妙なところでまったく狙いと違ったものになる。だから誰にでも出来なく、伝統工芸なんでしょう。
現役の時には焼きものに近い仕事をしていたんですがネ? そのようなセンスがないのだと思っておりますが!
近くだったら行って見たいところです。関東でしたら益子焼ですが、浜田庄司が有名にしたところです。もとは生活雑器でした。今でもそうですが。
またひとつ勉強させていただきました。
奈良は古い土地なので、
きっと名品が多いんでしょうね。
この花瓶、どんなお花が似合うでしょうか。
修学旅行で。
なんか修学旅行新聞でここのことをかくのですが、言われたことを忘れてしまったんですよ
助けてください
19日に提出なのでよろしくおねがいします