どうか、投稿者の方、止めていただきたい。
健全で楽しめる内容を心がけているものですから・・・なにとぞご理解をお願いいたします。
ということで、暫らくはコメントを受け取らないようにさせていただきます。
日頃、ブログを通してお付き合いいただいております皆様には申し訳ないのですが・・・・。
一昨日は定期的な通院で何とかセーフの判定。ホッとしたのも束の間・・・孫のA型インフルエンザ発症の知らせを聞いてビックリ。他のクラスでは学級閉鎖となっていることもあって、いずれは・・・とは思っていたものの、イザ掛かると心配です。
発熱した一昨日の午後から診察を受け、クスリの投与が効いたのか、高熱が出ず今朝あたりから食欲も出てきたとか・・・。このまま治ってくれればいいのだが・・・。でも、妹に感染することは必至で・・・。
この妹が通う幼稚園もインフル蔓延で休園。本人はいたって元気だが、姉とともに自宅軟禁状態ですから、うつるのは時間の問題。
このような状態ですから、昨日は、娘からの要請で食品の買出しを頼まれ・・・玄関先まで配達です。
また、要請があれば・・・出動します。
今日は、天気予報に反して青空が見え穏やかな日差しでした。
年賀状の住所録を入力したあと、かねてから集めていた木の種を植え込みました。
「トキワロウバイ(常磐蝋梅)」、「サルスベリ(百日紅)」、「お葉つき銀杏」、「黒松」の種の植え込みです。
▲芽吹きが見られるかどうか・・・微妙ですが・・・・。京都御所で拾ってきた松ボックリ「黒松」・・・おそらく種は残ってないと思いますが・・・。
下左より、「トキワロウバイ」、「サルスベリ」、先日、訪ねた戒長寺の和尚さんに貰った「お葉つきイチョウ」です。
▲4種類を植えましたが・・・さて・・・。
▲凍らないように、藁を被せて・・・防寒対策です。
今日は20度近い晴天、行楽日和です。
今年は何処に行っても「モミジ」の色づきが良くないという。例年に比べ、茶色になった葉や、すでに散ってしまって枝だけになったものなど・・・。
でも、一縷の望みをもって、今年9月訪ねた奈良市菩提山町にある「正暦寺」を訪ねました。
平日にもかかわらず、大型観光バスや乗用車、更に奈良駅からの臨時バスも運行され、駐車場は一杯、かなりの人出です。
<2009.9.17 「錦の里・・・正暦寺」>
「福寿院客殿」からの庭の眺めと、境内の3,000本のモミジがいいのです。
やはりご他聞にもれず、ここも色づきはイマイチですが・・・それでも所々にある錦色を探して、撮りました。
▲「福寿院庭園」
▲本堂前の境内から鐘楼を眺めると・・・・。
▲鐘楼を眼下に・・・・。
▲本堂の境内からの眺めは、錦色です。
▲境内の至るところに「南天」の赤い実が目に付きます。
▲鐘楼を下から仰ぐと・・・
▲まさに「錦の里」にふさわしい・・・彩りです。
『正暦寺の縁起』
992年、一条天皇の勅命を受けて兼俊僧正(九条兼家の子)が創建。
創建当初は、堂塔・伽藍を中心に86坊が渓流をはさんで建ち並び、勅願寺としての偉容壮麗を誇っていた。
ところが、1180年、平重衡の南都焼き討ちの際、その類焼を受け、全山全焼、寺領は没収され一時は廃墟と化した。
その後、1218年、興福寺一乗院大乗院住職信円僧正(関白藤原忠通の子)が、法相宗の学問所として再興。
昔にまさる隆盛を極めた。
<福寿院客殿> 国指定重要文化財 1681年建立。
上檀の間を持つ数奇屋風客殿建築で狩野永納の描いた襖・欄間の絵を今に伝えている。
新PCのテストとして、庭の花を撮り、取り込んでみました。
ここに至るまでに、手持ちのカメラ画像がWindows7に対応していなかったため、カメラメーカーに確認。電話で聞きながら、改良ソフトをインストールしました。
メーカーも、今日から改良ソフトが案内できることになったとかで、担当の女性は「貴方が始めてですヨ。」なんて言われて、・・・「解凍」・・・などをしながら、約30分ほどかかりきりで親切丁寧に対応して貰いました。
また、画像編集ソフト「Jtrim」も今までのソフトが使え、トリミング・圧縮も出来ました。
さて、この「ヒマラヤユキノシタ」、名前のように原産地はヒマラヤ地方やアジア東部、北部の山岳地。日本には明治初期に園芸用として渡来していたとか。
今年は、少し早く咲いてくれました。
ピンク色の可愛い花が雪の中から顔を出してくれるのも、もうすぐです。