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映画作りの糧とすべく劇場鑑賞作品中心にネタバレ徹底分析
映画ブロガーら有志23名による「10年代映画ベストテン」発表!

追悼 市川準

2008-09-21 23:50:15 | 映画人についての特集
1993年に山形のフォーラムという映画館で一本の作品に出会った。
「病院で死ぬということ」
当時大学二年生だった。
大学1年までは日本映画にそれほど興味はなかった(意識的に観ていたのは怪獣と山田洋次くらい・・・というか映画好きといってもほぼハリウッドオンリーだった。)
大学二年になってから、映画の知識がほしくなってそれまで敬遠していた色々な映画を見るようになった。「新作日本映画」も勉強のため見るようになった。
親の影響でもともと好きだった山田洋次や、すでに伝説の巨匠だった黒澤明と違って、はじめて自分で「発見」したお気に入りの日本人映画作家が市川準だった。

「病院で死ぬということ」は深く感銘を受けた。
末期医療に携わる医師の映画だが、ドラマチックに走ることなく、完全に傍観者の視点で末期患者を見つめ続けた。涙があふれる映画だったが、涙は台詞や芝居の部分で溢れるのではなく、本編と無関係の部分、チャプター区切りとして挿入される市井の日常風景で溢れてくるのだった。
日本映画では我が生涯ベストワンの作品である。
ただし観たのはこの時1度だけ。よって細かい部分はあまり覚えていない。
この映画を観て感動したという思い出を大切にとっておきたくて見返したことはない。
死ぬ前にあと一度だけ観ることができればいいと思っていたが、市川準監督の突然の訃報を受けて急に観たくなってきた。

「市川準」という名前に興味をいだき、レンタルビデオで過去作品を探して観た。
「BUSU」
「会社物語」
「つぐみ」
どれも「病院で」ほど感動したわけではないが、市川準という監督が一目でそれとわかる明確なスタイルを持っていることがわかった。むしろ「病院で」が市川準スタイルの王道から少し外れたところを目指したものだった。
いずれにせよ、この監督は台詞をストーリーを語るための道具として使っていないことがわかった。
ストーリーを説明し感情移入を誘導するための台詞は必要最小限に留められる。台詞がほとんど効果音のように使われている。日常会話の特に意味を持たない何気ない発言や、主語が述語がないといった文法をなしていない言葉回しが多用される。
それが登場人物にリアル(っぽさ)を与えている。
こういう映画のつくり方もあるのかと関心した。(ただし「つぐみ」はナレーションが多すぎてそれに頼っている感じがなくもない)

そういう市川準スタイルは「つぐみ」くらいまでの初期作品では、基本形が出来上がっているだけだが、それゆえ判りやすいし、入っていきやすい。
スタイルがほぼ完成の域に達したのは「東京兄妹」だと思う。
行き過ぎた懐古趣味、小津の真似・・・という批判はわからなくもないが、そうした点だけで駄作だ、語るに値しない、と断じるのはもったいない。意味のある台詞を極限まで排除し、ドラマチックになるはずの場面をわざと避ける。感情の山谷部を避けて平坦部だけをつなぐ。事件の前後の感情の弛緩部分だけで物語を構成する。台湾のホウ・シャオシェンとよく似たストーリーテリングをするが、それでいてホウ・シャオシェンよりさらにキャラクターの内面に踏み込んでいく。
そういう市川準スタイルが初めて完成された作品だったと思う。

その完成された市川準スタイルで、トキワ荘の漫画家たちを描いたのが「トキワ荘の青春」だった。
ただしこの作品の場合、スタイルと内容がかみ合っていなかった気がしなくもない。
漫画家たちのにぎやかな日常も、ワクワクする漫画界の巨匠たちのエピソードもほとんど描かれず、何より当時の漫画がほとんど映されない。エピソードがないから主人公の寺さんがどういう人かも映画では判らず(私は短篇漫画集「トキワ荘物語」を読んでいたので知っていたが)、少々退屈な作品となっていた気がする。

97年「東京夜曲」を発表。
文句なしの傑作。市川準の代表作と呼ぶべき作品である。
監督の持つ様々なスタイルや特長がもっともバランスよく集まり、作家性が判りやすく、しかも万人にすすめやすい映画。黒澤明の「用心棒」、小津の「麦秋」、ウディ・アレンなら「ハンナとその姉妹」、イーストウッドなら「許されざる者」(いずれも個人的な感想)・・・にあたるのが市川準の「東京夜曲」だと思う。
桃井かおりの「ねえ、お茶漬け食べていかない」という台詞は市川準作品でもっとも印象的でもっとも巧く使われた名台詞であると思う。

実験的な「たどんとちくわ」を経て、市川準スタイル完成形の総仕上げが「大阪物語」であろうか。
「病院」「兄弟」「夜曲」「大阪」を発表した90年代が市川準の黄金期であることは間違いない。

スタイルをいったん極めてしまった監督は、そのまま同じスタイルに固執する監督と、新しい方向性を模索する監督の二つに分かれる。
市川準は別の道を模索した。

「ざわざわ下北沢」は下北という町を主人公としたような群像劇仕立てであったが、見事に市川準スタイルと噛み合わなかった。独特の薄味作風が群像劇のせいでさらに薄められ何が言いたいのかよく判らない作品になった。

「東京マリーゴールド」は90年代スタイルにもう一度立ち返って撮った作品であり、クォリティは高いが、マンネリ感は否めなかった。感情的な場面をやや多くしたことでドラマ性が強まり逆に意外性が無くなった。

「龍馬の妻とその夫と愛人」は三谷幸喜脚本のダイアローグピクチャーだ。市川準と三谷幸喜とは、あまりに目指すものが違いすぎる気がする2人のようにも思えるが、さすがに脚本はよくできていてつまらないわけではなかった。市川準の妙にまったりした間も意外に三谷コメディとマッチしていた。しかしそうはいっても筋を追ってるだけな印象はもちろん強く、市川準の意外な一面が観れたこと以外はとりたてて語るべきもののない映画であった。

迷走感のただよう市川準であったが、新たな進化を見せ始めた気がしたのが「トニー滝谷」だ。
「つぐみ」のナレーション、「マリーゴールド」の感情吐露、「龍馬」の会話劇、どれも成功とは言い難いものだったが、「トニー滝谷」でそれらが成功に転じた。
感情的な芝居をさせながら同時に状況説明のナレーションを喋らせる。役者に役に入り込むことと、役を演じることの背反する二つの立場を同時に表現させ、しかもそれを傍観者的な映像で見せる。結果として観客を感情移入と批評の中間的な位置に立たせる。とてつもなく実験的な作品であった。市川準が次のステップに進み始めたことが見てとれた。このスタイルがどのようにして完成するのか楽しみになった。だが完成を観ることはもう無くなってしまった。

長編としての遺作は「あしたの私のつくり方」となるのだろうか。
黄金期の作品に比べるとクォリティは低いが、2000年代からの市川準が俳優と対話しようとする作家になったことがやっと判った。
90年代の市川準にとって俳優は自分の目指す映画に欠かせないパーツであった。
2000年代は俳優と向き合うことが映画のテーマだったのかもしれない。
成海璃子に小学生から高校生までを演じさせ、成海と前田敦子を別撮りで会話させる。俳優たちが難しい芝居を要求し彼ら彼女らがそれに応える様を楽しんでいるように感じる。俳優のパフォーマンスによって映画が当初目指したものとは別の形になって完成してしまう、そんな不安定さを楽しんでいたのかも知れない。
ようやく見えてきたNEXT市川準。そしてもう観ることのできないNEXT市川準。

この15年間。市川準監督の映画を観ることが楽しみだった。
新作が山形や松本でかからない時は、東京や名古屋に遠征して観た。市川準の一本だけのために東京に行ったこともあった。
自主映画を撮るとき、市川準の映像を思い浮かべて絵コンテを書いた。
本当にありがとうございました。

2008年9月現在で未見の作品は以下の通り
「ノーライフキング」(1989)、「ご挨拶」(1991)、「きっと、来るさ(第1回欽ちゃんのシネマジャック)」(1993)、「クレープ」(1993)、「あおげば尊し」(2005)、「春、バーニーズで」(2006、TV)、「buy a suit スーツを買う」(2008)

------フィルモグラフィ--------
『BU・SU』 (1987) [キネマ旬報8位]
『会社物語 MEMORIES OF YOU』 (1988)
『ノーライフキング』 (1989)
『つぐみ』 (1990) [キネ旬9位、報知映画賞監督賞、毎日映画コンクール監督賞]
『ご挨拶』 (1991)
『病院で死ぬということ』 (1993) [キネ旬3位]
『クレープ』 (1993)
『きっと、来るさ(第1回欽ちゃんのシネマジャック)』 (1993)
『東京兄妹』 (1995) [キネ旬2位、ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞]
『トキワ荘の青春』 (1996) [キネ旬7位]
『東京夜曲』 (1997) [キネ旬4位、モントリオール世界映画祭最優秀監督賞]
『たどんとちくわ』 (1998)
『大阪物語』 (1999) [キネ旬8位]
『ざわざわ下北沢』 (2000)
『東京マリーゴールド』 (2001)
『竜馬の妻とその夫と愛人』 (2002)
『トニー滝谷』 (2004) [ロカルノ国際映画祭 審査員特別賞]
『あおげば尊し』 (2005)
『春、バーニーズで』(WOWOW/TVM)( 2006)
『あしたの私のつくり方』 (2007)
『buy a suit スーツを買う』 (2008)
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