家に帰って、玄関を開けた途端、かすかなにおいに気付いた。
かすかなにおいというのは、入った瞬間が大事だ。
嗅覚はすぐに慣れてしまう。
あれ?と思ってあらためて嗅いでも、もうにおわない。
まあ、それくらいの弱いにおいならいいじゃないか、とも言える。
しかし、相手がカビの場合、
弱いうち少ないうちに制しておきたい。
※
玄関を入ったところの廊下で、少々雨漏りがする。
まっすぐ降るのなら大丈夫なのだが、
北から降りつける雨だと漏ってくる。
二階の北面の壁に亀裂が有るのだ。
二階から浸み込んだ雨水は、廊下の壁を湿らせている。
なに、すぐに乾けば良いのだが、雨が続くとなかなか乾かない。
今年はカビにとって格好の気候だったというわけだ。
※
においに気付いて、よーく辺りを見てみると、
廊下の壁のあちこちが、うっすらと白っぽい。
縦の面がうっすらと白っぽいのだから、
ほこりが積もっているでもない。それにこのにおい。
カビなのだ。
雨漏りしても、壁板が少々たわんでも、なんとか過ごせるが、
カビてしまうとしつこい。
板がどんどん弱り、虫が付きやすくなる。
※
数年前、洗面所の壁がカビて、中が朽ちて、白アリがわいた。
壁の工事をしたり、床下の殺菌をしたり、床も貼り換えたりと
厄介なことになった。
洗濯機のわきのバケツに、母が雑巾を入れる。
濡れた雑巾を入れておいてはいけない、
ここでバケツに掛けておいても乾かないし、カビてしまう。
濡れ雑巾は外で干してから、ここには使う前の乾いたものを置けば良いのだ。
と、何年も何年も繰り返し言ったが、母は習慣を変えることは無かった。
今思えば、雑巾がカビることくらいなんでもなかった。
捨てて済む話だ。
長年の濡れ雑巾の湿気は、壁をカビさせ朽ちさせ白アリを招致した。
※
廊下の壁のカビに気付いてから台所に行くと、
床に米が散っていて、辺りが水浸しになっていた。
シンクには飯粒の付いた炊飯釜が置いてある。
ご飯を炊いたのだが、
焚く前に一度お釜を落としたのだろうか。
米と水を床にぶちまけたのだろう。
まあ、何か味付きの料理をこぼしたよりも掃除はしやすいが。
※
台所の床を掃除して、マットを交換した。
濡れたマットを風呂場に持って行こうと洗面所に移動した。
洗面所の壁に、タオル掛けが有る。
いやいや。
ここも、乾いたタオルを掛ける場所であって、
濡れたタオルを掛けても乾かないしカビてしまうよと
何十年も言い続けたが壁がカビた場所であった。
そこに、ぐっしょりと濡れたタオルが2枚、掛けてあった。
※
家の中が乾かないのも、無理も無い。
※
年を取ったからひとの言うことが頭に入らないとか聞き入れないとか
そういうことでもなく、
若い頃から湿気やカビを避けようという気が無かったのだ。
いまさら同居人(私)がジタバタしたところで、微動だにしない。
※
私は、廊下の壁にアルコールをスプレーしては拭いた。
カビくささはすぐに消えた。
やはり、すぐに気付いたのが良かった。
翌日も拭いた。
特に気になる場所をきれいにしてみると、
次の所の白っぽいのが見えてくる。
※
そういえば、壁に版画の額が掛けてある。
バッティスタ・ピラネージという18世紀ローマの建築家の版画だ。
空想というか妄想の中の監獄の光景で、
ただただ陰惨な雰囲気である。
家の玄関入ってすぐの廊下の壁に、どうよこれ。
誰か、亡父の知人がくれた物なのだが、
あんまり気分の良い絵ではない。
それが、何年も前の雨漏りで湿って、カビた。
当時の私はそれをほったらかした。
私の物ではないし、私の家でもなかった。
今、その版画のカビを見て、
これはヤバいではないか、と思う。
※
恐る恐る、額を壁から離してみる。
隙間から壁を見る。
やはり、黒いものが生えている。
しかし、もう古いもののようだ。
死んだカビだ。
アルコールを掛けて拭き掃除しよう、と
私は額を壁から外した。
額の裏側も同じようにカビているはずだ、と見て、
ゾッと背筋が寒くなった。
そこには小さな紙が貼ってあった。
※
はじめは、作者名でも書いた紙だろうと思った。
しかし、見ればカタカナでもない。
漢字か。漢詩か何か?
しかしイタリアの版画の裏になぜ漢詩が?
10㎝くらいの正方形で、斜めに貼ってある。
文字は縦書きか横書きか分からないくらい等間隔に、
縦横とも9文字、つまり81文字書いてある。
よく見れば、漢字でもない。
漢字によく似ているが、漢字ではない文字で、
何かが書かれている。
見知らぬ文字なのだから、何が書いてあるのかは分からない。
目をこらして一文字ひと文字を見てみるが、
やっぱり漢字ではない。
似た漢字は有るけれどこれは漢字ではない。
越南文字や契丹文字も知っているが、
どうやらそれとも違うようだ。
※
私は何か非常な悪意のようなものをその紙から感じた。
額ごと家の外に持ち出して、
アルコールを更に吹きかけて、
マッチを擦って放り投げた。
※
なんだか、これで家のあちこちが乾くような気もする。
かすかなにおいというのは、入った瞬間が大事だ。
嗅覚はすぐに慣れてしまう。
あれ?と思ってあらためて嗅いでも、もうにおわない。
まあ、それくらいの弱いにおいならいいじゃないか、とも言える。
しかし、相手がカビの場合、
弱いうち少ないうちに制しておきたい。
※
玄関を入ったところの廊下で、少々雨漏りがする。
まっすぐ降るのなら大丈夫なのだが、
北から降りつける雨だと漏ってくる。
二階の北面の壁に亀裂が有るのだ。
二階から浸み込んだ雨水は、廊下の壁を湿らせている。
なに、すぐに乾けば良いのだが、雨が続くとなかなか乾かない。
今年はカビにとって格好の気候だったというわけだ。
※
においに気付いて、よーく辺りを見てみると、
廊下の壁のあちこちが、うっすらと白っぽい。
縦の面がうっすらと白っぽいのだから、
ほこりが積もっているでもない。それにこのにおい。
カビなのだ。
雨漏りしても、壁板が少々たわんでも、なんとか過ごせるが、
カビてしまうとしつこい。
板がどんどん弱り、虫が付きやすくなる。
※
数年前、洗面所の壁がカビて、中が朽ちて、白アリがわいた。
壁の工事をしたり、床下の殺菌をしたり、床も貼り換えたりと
厄介なことになった。
洗濯機のわきのバケツに、母が雑巾を入れる。
濡れた雑巾を入れておいてはいけない、
ここでバケツに掛けておいても乾かないし、カビてしまう。
濡れ雑巾は外で干してから、ここには使う前の乾いたものを置けば良いのだ。
と、何年も何年も繰り返し言ったが、母は習慣を変えることは無かった。
今思えば、雑巾がカビることくらいなんでもなかった。
捨てて済む話だ。
長年の濡れ雑巾の湿気は、壁をカビさせ朽ちさせ白アリを招致した。
※
廊下の壁のカビに気付いてから台所に行くと、
床に米が散っていて、辺りが水浸しになっていた。
シンクには飯粒の付いた炊飯釜が置いてある。
ご飯を炊いたのだが、
焚く前に一度お釜を落としたのだろうか。
米と水を床にぶちまけたのだろう。
まあ、何か味付きの料理をこぼしたよりも掃除はしやすいが。
※
台所の床を掃除して、マットを交換した。
濡れたマットを風呂場に持って行こうと洗面所に移動した。
洗面所の壁に、タオル掛けが有る。
いやいや。
ここも、乾いたタオルを掛ける場所であって、
濡れたタオルを掛けても乾かないしカビてしまうよと
何十年も言い続けたが壁がカビた場所であった。
そこに、ぐっしょりと濡れたタオルが2枚、掛けてあった。
※
家の中が乾かないのも、無理も無い。
※
年を取ったからひとの言うことが頭に入らないとか聞き入れないとか
そういうことでもなく、
若い頃から湿気やカビを避けようという気が無かったのだ。
いまさら同居人(私)がジタバタしたところで、微動だにしない。
※
私は、廊下の壁にアルコールをスプレーしては拭いた。
カビくささはすぐに消えた。
やはり、すぐに気付いたのが良かった。
翌日も拭いた。
特に気になる場所をきれいにしてみると、
次の所の白っぽいのが見えてくる。
※
そういえば、壁に版画の額が掛けてある。
バッティスタ・ピラネージという18世紀ローマの建築家の版画だ。
空想というか妄想の中の監獄の光景で、
ただただ陰惨な雰囲気である。
家の玄関入ってすぐの廊下の壁に、どうよこれ。
誰か、亡父の知人がくれた物なのだが、
あんまり気分の良い絵ではない。
それが、何年も前の雨漏りで湿って、カビた。
当時の私はそれをほったらかした。
私の物ではないし、私の家でもなかった。
今、その版画のカビを見て、
これはヤバいではないか、と思う。
※
恐る恐る、額を壁から離してみる。
隙間から壁を見る。
やはり、黒いものが生えている。
しかし、もう古いもののようだ。
死んだカビだ。
アルコールを掛けて拭き掃除しよう、と
私は額を壁から外した。
額の裏側も同じようにカビているはずだ、と見て、
ゾッと背筋が寒くなった。
そこには小さな紙が貼ってあった。
※
はじめは、作者名でも書いた紙だろうと思った。
しかし、見ればカタカナでもない。
漢字か。漢詩か何か?
しかしイタリアの版画の裏になぜ漢詩が?
10㎝くらいの正方形で、斜めに貼ってある。
文字は縦書きか横書きか分からないくらい等間隔に、
縦横とも9文字、つまり81文字書いてある。
よく見れば、漢字でもない。
漢字によく似ているが、漢字ではない文字で、
何かが書かれている。
見知らぬ文字なのだから、何が書いてあるのかは分からない。
目をこらして一文字ひと文字を見てみるが、
やっぱり漢字ではない。
似た漢字は有るけれどこれは漢字ではない。
越南文字や契丹文字も知っているが、
どうやらそれとも違うようだ。
※
私は何か非常な悪意のようなものをその紙から感じた。
額ごと家の外に持ち出して、
アルコールを更に吹きかけて、
マッチを擦って放り投げた。
※
なんだか、これで家のあちこちが乾くような気もする。
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