[あらまし] 5年くらい前から、サンスクリットを独習し始めた。
いや独習はかなり困難な道だと分かって、探し回ったら
東京大学仏教青年会の色々な講座の中に、サンスクリット初級が有った。
そして昨年からは中級が開講、しかもオンラインなので
自宅にいながらにして優れた先生の講義が聴ける。いい時代だ。
以前、初級の他には上級の講座しか無かった。
初級が終わる頃に、上級の講座を試しに一日だけ見学してみた。
壁はみっちり書架、机の両側に椅子が並び、10人あまりの受講生が着席できる。
奥に先生が座っている。
ちょいとムカシの大学の研究室みたいな雰囲気だ。
希望者が輪読してゆく。
文法事項は分かっていて、内容の思想的な背景の基礎知識もずいぶん有る。
そういう人たちがどんどん進めている感じだ。
おう。
無理。
仕方なく、なんとか自力で学習を進めるべく、参考書をあれこれ買い求めた。
原文が見やすいデーヴァナーガリー文字とローマナイズで掲載されていて、
一語一語の文法解析が載っていて、訳文が有って、構文の解説なんぞも有る
というのが理想的なテキストだ。
岩本裕『サンスクリット読本』
菅沼晃『サンスクリット講読』
辻直四郎『サンスクリット読本』
など買い漁って、読みやすいところから読んでいった。
岩本読本は、表紙の著者名が「岩本祐」と誤植されていてカナシイ。
奥付は「裕」なので、表紙はほんとにただの間違いなのだろう。
辻読本は「本文」と「翻訳・注記」と「語彙」の三分冊になっていて
箱に入っている。
表紙が三色それぞれになっていて、なんだかとてもステキである。
手に入れて良かった、と思った。
※
こういったテキストを使って独習していたが、
限界を感じていた。
と思っていたら、中級講座が開設された。
渡りに舟とはこのことだ。
中級というのはどのくらいのことを言うのか。
定義はきっと難しい。
「初級文法を終えた」人が対象というようなことが案内に書いてある。
ま、そりゃそうよね。
文法書を一通り終えても、それで文法は終わらない。
一つ一つのことを詳しく見ていけば、きりが無い。
そして、今の文法書は、英独の研究が有ってのサンスクリット文法であるが、
インドにはインド独自の文法が在る。
というより、言語の文法研究ということそのものの元祖が
サンスクリット文法学だという。
嗚呼。なんたってインド。
そんな、憧れのインド文法学もいづれは学びたいなんて野望も
持ちながら、悶々と一人で読本を読んでいた。
※
「ヒトーパデーシャ」という物語集が在る。
王様の息子たちに世の知恵を授けるために、
徳の有る学者が、動物たちが主人公のたとえ話をして聞かせるのだ。
アホアホ王子にもちゃんと聞いてもらえるように、
興味を引くような物語になっているから、
日本のアホアホ独習者もなんとか読み進めることができる。
少しづつ。
※
中級講座でも、文法や韻律の解説に加えて、
この「ヒトーパデーシャ」を読み進めている。
つづく
いや独習はかなり困難な道だと分かって、探し回ったら
東京大学仏教青年会の色々な講座の中に、サンスクリット初級が有った。
そして昨年からは中級が開講、しかもオンラインなので
自宅にいながらにして優れた先生の講義が聴ける。いい時代だ。
以前、初級の他には上級の講座しか無かった。
初級が終わる頃に、上級の講座を試しに一日だけ見学してみた。
壁はみっちり書架、机の両側に椅子が並び、10人あまりの受講生が着席できる。
奥に先生が座っている。
ちょいとムカシの大学の研究室みたいな雰囲気だ。
希望者が輪読してゆく。
文法事項は分かっていて、内容の思想的な背景の基礎知識もずいぶん有る。
そういう人たちがどんどん進めている感じだ。
おう。
無理。
仕方なく、なんとか自力で学習を進めるべく、参考書をあれこれ買い求めた。
原文が見やすいデーヴァナーガリー文字とローマナイズで掲載されていて、
一語一語の文法解析が載っていて、訳文が有って、構文の解説なんぞも有る
というのが理想的なテキストだ。
岩本裕『サンスクリット読本』
菅沼晃『サンスクリット講読』
辻直四郎『サンスクリット読本』
など買い漁って、読みやすいところから読んでいった。
岩本読本は、表紙の著者名が「岩本祐」と誤植されていてカナシイ。
奥付は「裕」なので、表紙はほんとにただの間違いなのだろう。
辻読本は「本文」と「翻訳・注記」と「語彙」の三分冊になっていて
箱に入っている。
表紙が三色それぞれになっていて、なんだかとてもステキである。
手に入れて良かった、と思った。
※
こういったテキストを使って独習していたが、
限界を感じていた。
と思っていたら、中級講座が開設された。
渡りに舟とはこのことだ。
中級というのはどのくらいのことを言うのか。
定義はきっと難しい。
「初級文法を終えた」人が対象というようなことが案内に書いてある。
ま、そりゃそうよね。
文法書を一通り終えても、それで文法は終わらない。
一つ一つのことを詳しく見ていけば、きりが無い。
そして、今の文法書は、英独の研究が有ってのサンスクリット文法であるが、
インドにはインド独自の文法が在る。
というより、言語の文法研究ということそのものの元祖が
サンスクリット文法学だという。
嗚呼。なんたってインド。
そんな、憧れのインド文法学もいづれは学びたいなんて野望も
持ちながら、悶々と一人で読本を読んでいた。
※
「ヒトーパデーシャ」という物語集が在る。
王様の息子たちに世の知恵を授けるために、
徳の有る学者が、動物たちが主人公のたとえ話をして聞かせるのだ。
アホアホ王子にもちゃんと聞いてもらえるように、
興味を引くような物語になっているから、
日本のアホアホ独習者もなんとか読み進めることができる。
少しづつ。
※
中級講座でも、文法や韻律の解説に加えて、
この「ヒトーパデーシャ」を読み進めている。
つづく
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