10年以上前、水道メーターの検針員の仕事をしていた。
一軒一軒の家を回り、水道メーターの数字をハンディターミナルに入力し、
検針票をプリントアウトして配布する。
漏水を見逃さないのも重要な仕事だ。
私の働いていた市では、2ヶ月に一度、同じ家を回る。
水道メーターは、家によって敷地内の様々な位置に在る。
門を開けて中に入り、家の裏をずっと奥まで行く場合もある。
家の表側の道路からではなく、裏側の道路のほうの水道管から水を引いているのだろう。
庭の隅っこに在ることもある。
バラの根元に在ったりすると、毎回痛い思いをする。
犬を庭で放し飼いしている家もある。
繋いではいるけれど、メーターに行く途中にいる場合や、
メーターが犬小屋の目の前だったりすることもある。
子どもの頃に飼っていた犬のミカさんは、ひどく臆病な犬だった。
嫌いな物がたくさんあった。
雷や花火で目の色が変わるほどおびえるのはもちろん、
男の人、年寄、制服の人、棒なども怖がって吠えた。
水道検針員は、制服を着て、メーターボックスを開けるための棒を持って
ヅカヅカと敷地に入って来て何か金属的な音を立てる。
ミカさんの嫌いなタイプだ。
ミカさんが犬の代表というわけではないけれど、
共通の好みの犬も世には多い。
あんまり犬に好かれる様子をしていないよな、という引け目や
こんなかっこうをしていたら犬に警戒されるよな、という警戒心が、
さらに犬の警戒心を呼ぶ。
吠えたてられる。
うっかり近付いて咬まれたことも数回ある。
※
いつも激昂する犬がいた。
顔じゅう皺だらけにして、口から泡を飛ばして吠えかかる。
飼い主さんに押さえてもらっておいて、何気ないふりで通る。
その犬が、ある月に検針に行ったら、ワンともスンとも吠えず、
尻尾を振って寄って来るのだ。
私はしゃがんで迎えて、充分近付いたらそっと肩から首を撫でた。
一体どうしたのだろう。と思った。別犬のようだ。
その後も経験して分かったが、
年を取ったのだ。
2ヶ月は、年寄の犬にとって人間の1年くらいにあたる。
1年ぶりに会ったらすっかり好々爺になってた、ということだった。
今まで吠えていたのがウソのように、ガラリと態度が変わり、ウェルカムになる。
※
母85歳が介護老人保健施設に2ヶ月入所して、帰って来た。
入所する前は朝夕にヘルパーさんに巡回してもらっていたが、
退所後は朝昼晩の3回にした。
以前来てくれていた人がまた担当してくれたり、
日によっては新しい人だったり。
毎回いろんな人が来る。
以前は、ヘルパーさんの作業中ずっと吠え続けていた。
母も参るくらいだったから、ヘルパーさんにとってはなおのこと、
ひどく迷惑だったろう。
入れ替わり、10人くらいの人が関わったが、吠え止むのはそのうち3人くらいで、
撫でられたのは1人だけだった。
※
退所後、ヘルパーさんが到着すると数回吠えるが、
わりとすぐに止め、近付いて行き、撫でられる。
以前から吠えられなかった人も「触ったのは初めてですー。」なんて言っている。
我が犬ジーロくん、老け込んだのである。
みなさん、「いろんな人が出入りする、って分かったのねー。いいこいいこ」
などと言ってくださる。
が、私は思う。老け込んだだけである。
一軒一軒の家を回り、水道メーターの数字をハンディターミナルに入力し、
検針票をプリントアウトして配布する。
漏水を見逃さないのも重要な仕事だ。
私の働いていた市では、2ヶ月に一度、同じ家を回る。
水道メーターは、家によって敷地内の様々な位置に在る。
門を開けて中に入り、家の裏をずっと奥まで行く場合もある。
家の表側の道路からではなく、裏側の道路のほうの水道管から水を引いているのだろう。
庭の隅っこに在ることもある。
バラの根元に在ったりすると、毎回痛い思いをする。
犬を庭で放し飼いしている家もある。
繋いではいるけれど、メーターに行く途中にいる場合や、
メーターが犬小屋の目の前だったりすることもある。
子どもの頃に飼っていた犬のミカさんは、ひどく臆病な犬だった。
嫌いな物がたくさんあった。
雷や花火で目の色が変わるほどおびえるのはもちろん、
男の人、年寄、制服の人、棒なども怖がって吠えた。
水道検針員は、制服を着て、メーターボックスを開けるための棒を持って
ヅカヅカと敷地に入って来て何か金属的な音を立てる。
ミカさんの嫌いなタイプだ。
ミカさんが犬の代表というわけではないけれど、
共通の好みの犬も世には多い。
あんまり犬に好かれる様子をしていないよな、という引け目や
こんなかっこうをしていたら犬に警戒されるよな、という警戒心が、
さらに犬の警戒心を呼ぶ。
吠えたてられる。
うっかり近付いて咬まれたことも数回ある。
※
いつも激昂する犬がいた。
顔じゅう皺だらけにして、口から泡を飛ばして吠えかかる。
飼い主さんに押さえてもらっておいて、何気ないふりで通る。
その犬が、ある月に検針に行ったら、ワンともスンとも吠えず、
尻尾を振って寄って来るのだ。
私はしゃがんで迎えて、充分近付いたらそっと肩から首を撫でた。
一体どうしたのだろう。と思った。別犬のようだ。
その後も経験して分かったが、
年を取ったのだ。
2ヶ月は、年寄の犬にとって人間の1年くらいにあたる。
1年ぶりに会ったらすっかり好々爺になってた、ということだった。
今まで吠えていたのがウソのように、ガラリと態度が変わり、ウェルカムになる。
※
母85歳が介護老人保健施設に2ヶ月入所して、帰って来た。
入所する前は朝夕にヘルパーさんに巡回してもらっていたが、
退所後は朝昼晩の3回にした。
以前来てくれていた人がまた担当してくれたり、
日によっては新しい人だったり。
毎回いろんな人が来る。
以前は、ヘルパーさんの作業中ずっと吠え続けていた。
母も参るくらいだったから、ヘルパーさんにとってはなおのこと、
ひどく迷惑だったろう。
入れ替わり、10人くらいの人が関わったが、吠え止むのはそのうち3人くらいで、
撫でられたのは1人だけだった。
※
退所後、ヘルパーさんが到着すると数回吠えるが、
わりとすぐに止め、近付いて行き、撫でられる。
以前から吠えられなかった人も「触ったのは初めてですー。」なんて言っている。
我が犬ジーロくん、老け込んだのである。
みなさん、「いろんな人が出入りする、って分かったのねー。いいこいいこ」
などと言ってくださる。
が、私は思う。老け込んだだけである。
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