吾々ただただタルタル

吾唯知足と書いて、われただたるをしる、と読み下す。
満足するってことを知ってるさ。ってな意味か。
少ない物とか、今持っている物で満足することを言っているのだろう。
禅の言葉だろう。

調布市は南を多摩川に接している。
多摩川の作った河岸段丘が、市内を２本、横切っている。
段丘の崖のところを「はけ」と呼ぶ。
水の湧くところ、という意味だ。

だから、はけ下には小さな流れが有る。
近年では遊歩道なんか作ってあったりする。
二十代半ば、水道のメーター検針の仕事をしていて、
暑い日は途中、はけの遊歩道のベンチで休憩したりしたものだ。

そこに、つくばいがしつらえてあった。
水を活かした物ということだろう。
石は円形で、中央に四角い穴が有り、全体として古銭をあしらったような形だ。
四角い穴の左に「矢」、上に「五」、右に「隹」、下に「足」の下の足の部分が彫ってある。

解説の立て札を読んで、これで「吾、唯、足るを知る」と読むことを知った。
あちー、つかれたー、ビール飲みてー。ではなくて、
木陰ー、ベンチー、ひと休みー。で満足して、
仕事の続きに戻る。

※

母85歳パーキンソン病が、介護老人保健施設から退所して来たのは２週間前。
お昼前に退所して、午後には介護担当者会議。
それから、準備し忘れていた物を買いに出たり、と慌ただしく過ごした。

こんな日はスーパーの惣菜で済ませて本物のビールでも飲もう。
と、買い物の最後に最寄りのスーパーに行った。
発泡酒もなかなか味の良い物が出てきているが、やはり本物のビールのほうが旨い。
と思ったものの、売り場に立ってみると財布の紐は今日も固く、発泡酒を私は選んだ。

惣菜コーナーは７時を過ぎて30％引のシールが貼られている。
こういう時に来たら、アレだ、お気に入りの、
「タルタルチキン南蛮398円」だ。

なかなか厄介な母が退所してきたという気持ちを
惣菜と発泡酒を買ったほくほく気分で上塗りして、帰宅した。

玄関を開くと、上がり框に何かレジ袋が置いてある。
透けて缶ビールが見える。
ひと目で分かる。これは近所の幼なじみのＬちゃんが持って来てくれたものに違いない。
えーん、ありがとう！
今日が母退所の日と知っているからだろう。

部屋に落ち着いて袋を開けてみる。
缶ビールと、何かお惣菜…「タルタルチキン南蛮」だ！
そうなんだよ！これだよこれ！このセット！今日はこのセットなんだよ！

Ｌちゃんは日頃から、贈り物の名人である。
同じスーパーを利用するので、同じ惣菜を食べつけて、
この「タルタルチキン南蛮」が罪作りな味なことも語り合っている。
それにしても、命中。ストライク。ど真ん中。
Ｌちゃんの思いやりに、涙がにじむぜ。

20％引シールが貼ってある。
会社帰りか。私が行くよりちょっと前のタイミングだったんだな。
と、いや、待てよ。
パックが違う。
ああっ、これは、Ｌちゃんの会社近くの別のスーパーの「タルタルチキン南蛮」ではないか！

気付けば、携帯にメールが入っていた。
「玄関上がったところに、会社帰りに、食べ物と飲み物を置きました。
車が無かったけど、いつ頃お戻りかしら…
遅くなりそうだったら、いったん持ち帰ります。」

お礼のメールを送ると、返事が来た。
「昼休みに買って食べたらおいしかったんだよねー。
今日はお母さんが帰宅する日だから、帰りにもし売ってたら、お土産だ！と思って。
夕方過ぎていたため、お安くなっておりました。シールそのままで失礼。」

かくしてこの夜は、異なるスーパーの２種の「タルタルチキン南蛮」食べ較べという
大の贅沢をした次第である。
吾ただタルタルタルタルを知る。