「留年」
そう聞いて何を思い浮かべますか。
私は正直「留年」というものに対して悪いイメージを持っています。
なので、実際に自分に突き付けられてみると頭が真っ白になりました。
自分でも「まあ大丈夫でしょ笑」と高を括っていたものの、愕然としながら私はその事実を受け入れるしかありませんでした。
実際、一部の学部や研究室などを除けば、留年してしまうというケースはさほど多いわけではありません。
おおよその値にはなるが、複数回留年する人の割合も含めて、20%前後が留年すると言われてます。
ということで、みなさんこんにちは。
某国立大学の4年生の者です。ここでは「スイ」と名乗らせていただきます。
特段秀でた能力や資格などがあるわけではない、平々凡々な大学生です。
今年の3月に卒業を控え、4月からは一般企業に就職、このまま社会人としてのスタートを切るところだった…
ですが!
油断もいいところ、この時期に「留年」が決定してしまいました。
もう正直言って、頭が真っ白です。(自分の甘さが原因ですが…)
就活で勝ち取った内定も取り消しでパー…。
まだ切り替えができていない部分も多いですが、正直もうどうすることもできない状況で、この事実を受け入れるため、自身への戒めとしてこれからの日記をつけていこうと思います。
いままで日記をつけたことなどはほとんどない(小中学校の日記帳くらい)のですが、少なくともこれから大学を卒業するまでの期間、同じような境遇の方やこれから明るい大学生活が待っている方に向けて、少しでも支えになる、心のはけ口になればと思い、書いていくことにしました。
最初なので、自身の大学1年時から振り返り、なぜこのような現状になったしまったのかを見ていくこととします。
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【大学1年生】
特段、学力が高かったわけでもない私は、自身の学力でもなんとか入ることができそうな地方の国公立大学を受験。
家が裕福ではないのに加えて、下に弟妹もいたので、私立大学に行くことは金銭的に厳しいと言われていました。
変に自信があり強気な私は、私立大学は1つも受けず、その国公立大学一本で受験しました。
幸運なことになんとか合格をつかみ取ることができ、家族も一安心。
期待に胸を膨らませて、いよいよ大学へ入学!
どんな大学生活が待っているのだろうと当時はわくわくしていました。
ですが、当時は新型コロナウイルス真っただ中、入学式もまともに行われず、期待していた大学生活ははただただパソコンに向き合う毎日…。
特段、新しい友人ができるわけでもなく、高校の頃の友人も別々の大学や予備校へ、サークル活動なども制限されており、高校卒業後から始めた塾講師のアルバイト先と自室を往復する日々でした。
そんな退屈な日々で、1年次から「自分は何のために頑張っているのか?」という疑問を抱えながら生活していました。
そんな退屈な1年次の前期が終わり、いよいよ後期に入りました。
ほんの少しは新型コロナの規制も緩和され、対面での講義が1,2個は行われるようになりました。
またいずれ取るつもりだった車の免許を取るために自動車学校にも行き始めました。
少ないながら友人もでき、昔から続けていた野球のサークルにも入ることにして、いよいよ花の大学生活が幕を開けた…
かと思われましたが、大学に行く機会自体は週に1度程度でサークル活動も規制のため活動はほぼ行われず…。
通い始めた自動車学校も規制で、技能教習はほぼできず…。
塾講師のアルバイトでも、生徒さんが来る機会は減ってシフトも少なくなり…。
正直、前期とあまり変わらないような気さえしていました。
というように、大学1年次に関しては正直書くことがほとんどありません!
感情を無にしつつパソコンと向き合い、数少ないアルバイトと週に1度の通学、うまく教習の予約が取れたときに自動車学校に行くことをただただ繰り返す毎日でした。(前期は通学すらない)
似たような境遇の大学生活を送った方も同世代ならば多いのではないでしょうか?
実際、その1年は楽しかった思い出がほぼなく、どちらかといえば苦痛な1年でした。
自分の過ごし方が良くなかったのかもしれない(同世代でも楽しんでいた方はいたでしょう)ですが、何をしていたかよくわからない1年でした。
とまあ、このような感じで退屈だった1年次ですが、特に大きな問題も落単もなく終えました。
ただ、2年次に色々あって歯車がちょっとずつ狂い始めました。
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つづく