画像は水鉢の中に生きる紅葉
参拝客はすでに本堂の外陣にかしこまって正座している。
ぼくもと思ったが半跏趺坐はできても正座ができない。
残念だけど外の境内で読誦が始まるのを待った。
緋色大衣、刺繍七条袈裟、燕尾帽子を被著された高僧が
須弥壇の前に座り、経本を手に持ち読経が始まった。
お経を聞きながらカメラバックから300mmを取り出し
6DⅡにつけ換えた。法衣の後ろ姿を片手で拝みながら、
ワンチャンス、ワンシャッターの祈りを込めて押した!
神様・仏様、ぼくの不敬をお赦しください。
賽銭箱にいつもより多くの喜捨をした。
ぼくのお宝画像
曹洞禅と密教(東密/台蜜)のお経に馴染んでいるせいか、
身体にす~っと入るリズムがここちよい。
なぜか不思議とお経はアタマじゃなくて身体に入る。
BGMに声明を聞きながら掃除機かけてるからね。
どこかに出かける
ちいさな旅をする
何かひとつでも心に残るモノを見つけると嬉しい、
それは記憶に頼らない形あるモノで。
アタマの中の脳内写真はいずれ褪せて消えてゆく。
いくら記憶力と頭がいい人でもボケる心配がある。
母は臨終の間際まで父の写真を手にしていた。
そんな母を見て映像や写真に残すことの大切さを知った。
家族写真でないところが母らしくて...( ;∀;)
ぼくがカメラを持った直接の動機は、
儚く生きるメダカの絶頂期の美しさを、
生きている証をアルバムに残したいと思った。
馬は絵に残し、
文字は書に著し、
感動は写真に映す、
どれもみな同じことだけど
人それぞれの宝物。
天狗伝説の大雄山最乗寺(道了尊) 1: レリーフ調の御朱印帳
天狗伝説の大雄山最乗寺(道了尊) 2:奥の院に続く長い石段
天狗伝説の大雄山最乗寺(道了尊) 3:人それぞれの宝物
天狗伝説の大雄山最乗寺(道了尊) 4:紅葉と池の金魚
天狗伝説の大雄山最乗寺(道了尊) LAST5:寺社と仏像と自然
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