上田義彦インタビュー「地面に落ちた椿の花と、古い家の記憶から生まれた映画」 | Numero TOKYO
取り壊された家の残像と、庭の椿から生まれた物語 ──初監督作となった『椿の庭』ですが、この物語を着想したきっかけを教えてください。 「15年ほど前、元麻布のあたりに住んでいたのですが、犬の散歩のために毎日、近所を歩いていました。僕は家の佇まいを見ることが好きで、所々に在った気になる家を眺めながら散歩していたのですが、ある日、その一角を通ると、そこがやけに明るくなっていたのです。覗き込んでみると家が既に取り壊され、更地となった空間にはごろごろとした土塊が転がり、歩道に大きな涼しい影を作ってくれていた大木は無残に伐採され、その切り口を生々しく見せていました。僕はそこに住んでいたであろう人のことは全く知らなかったし、いつもただその家の前を通り過ぎるだけでしたが、その時なぜか不思議に深い喪失感のようなものを感じたのです。ある日突然、住宅が駐車場に変わったなんて光景は、みなさんも時々見たことがあると思います。その頃、僕は和洋折衷の古い家に住んでいました。その庭に咲いた椿の花や、その花が苔むした地面いっぱいに落ちた光景に取り壊された家の残像が重なり合いました。この家も放っておけば、いつか取り壊されるかもしれない。家に戻って、すぐにその思いを書き留めました。それがこの映画の原型になったのです。それから15年の間に、企画を何度も練り直し、葉山で美しい古民家に出会い、この映画が完成しました」 ──その喪失感から生まれた物語だったんですね。 「家は小さな宇宙です。そこに住む人の記憶が堆積し、植物や生き物たちの居場所にもなっています。家が失われてしまうと、それらが全て消えてしまう。それまで大事にされていたものが、意味を失ってしまいます。日本の至るところでそんなことは当たり前のように起きていますが、この作品ではそういった喪失感を描きたいと思いました」