『十八歳、新人チエリ。』
三村智恵理《みむらちえり》、十八歳。絶対、いい男をゲットしてみせる!
チエリは夕暮れの並木道を見上げ、ちょっと微笑んでみた。
第一希望の大手スーパー『フォルテ』にこの春めでたく就職。一か月の新人研修がついさっき、終わったところだ。紺色やグレーのスーツを着た新入社員たちは、何組かに分かれて街に繰り出していた。日々新しいことを覚えるのに精一杯だった研修とレポート提出のプレッシャーから解放され、まだ酒も入っていないのに、みんな上機嫌で興奮している。
「チエリと一緒の店でホントよかった。売り場も一緒だといいねー」
隣を歩いていた金子《かねこ》イズミがチエリに腕を回してきた。
イズミは研修中に仲良くなった同期の女の子。ふたりとも、第一希望の花園店に配属が決まり、最高の気分だった。花園店は県下で一番大きなショッピングセンターで、フロア続きで衣料やレストランの専門店が軒を連ねている。
「あたしも気分最高。それに、イズミは荒木《あらき》さんと一緒だから嬉しさ二倍でしょ?」
「百万倍だよ。あたし、絶対荒木さんゲットするんだぁ」
新入社員のなかで一、二を争うイケメンの大卒社員、荒木に目をつけているイズミがガッツポーズをしたところに、
「僕もチェリーと一緒の花園店だよん!」
チエリのもう片方の腕に、後ろから走ってきた春原光《はるはらひかる》が腕を回してきた。
「そういえばそうだったよね。それはそうと、何よ、チェリーって」
チエリは尋ねた。
ヒカルは色が真っ白で細面。歌舞伎の女形をやらせたら実に似合いそうだ。あまり男っぽくないせいか、腕を組まれてもあまり違和感はない。
「学生時代そういうあだ名じゃなかった?」
「一度もそんなこじゃれたあだ名で呼ばれたことないけど。普通にミムラって呼び捨て」
「たしかにミムラも可愛いけどせっかくチエリならチェリーでいこうよ。これからはチェリーを浸透させよう!」
「チェリーか、たしかに可愛いね。じゃあ今日からチェリーで決定!」
イズミはチエリ越しにヒカルと顔を合わせニッコリと微笑み、なぜかふたりでスキップをしはじめる。
ヘンな人たち。ふたりにつられて不器用にスキップをはじめたとき、
「はーい、花園店に配属された子たちはこっち!」
噂の荒木が交差点の手前で大声を上げている。
「はーい」
イズミは飛び切り可愛い声を出し、小走りになった。走ると自慢の巨乳が揺れるのも、きっと計算済みなのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってってば」
チエリも慌てて後に続いたが、うまく走れない。一か月経っても、まだパンプスに足が慣れずにふらついてしまうのだ。ヒールの高いミュールやブーツを履くことはあるけれど、こんなに毎日パンプスばかり履くのは足にもかなり負担がかかる。
「ちょっと、ふらふらしてるけど大丈夫?」
ヒカルが再び、チエリの腕を取った。
「足痛いかもしれないけど、背筋伸ばしてすっすって早足で歩くほうが楽だよ、ほら」
ヒカルに引っ張られ、チエリはどうにかイズミたちに追いついた。
「荒木さぁん、どこの店行くんですか?」
イズミは積極的に声をかけている。研修中もかなり元気だったけれど、どうやら恋愛に関してもプッシュプッシュの攻撃的な性格のようだ。
「この先の串焼きダイニング。半年ぐらい前にできたとこ、知ってる?」
「知ってます。個室とかあってオシャレな居酒屋ですよね。一度行ってみたかったんですぅ」
「未成年なのに詳しいじゃない。今日はダメよ、高卒組に飲ませたらあたしたちが怒られるんだから」
大卒総合職の三好真沙美《みよしまさみ》がふたりの会話に割り込んできた。イズミの顔が露骨に引きつる。三好は実にパキパキとしていて仕事ができる女性なのだが、顔が久本雅美に似ているし名前もまさみなので、チエリとイズミの間ではマチャミと呼ばれている。
「はーい」
イズミは頬をふくらませながら、後ろを歩いていたチエリのほうへ振り返り、ふたたび腕に手を回してきた。そしてチエリの耳元でこっそり、
「高卒組って、わざわざ言うなっつーの」
と囁き、前を行くマチャミにべーっと舌を出した。
三村智恵理《みむらちえり》、十八歳。絶対、いい男をゲットしてみせる!
チエリは夕暮れの並木道を見上げ、ちょっと微笑んでみた。
第一希望の大手スーパー『フォルテ』にこの春めでたく就職。一か月の新人研修がついさっき、終わったところだ。紺色やグレーのスーツを着た新入社員たちは、何組かに分かれて街に繰り出していた。日々新しいことを覚えるのに精一杯だった研修とレポート提出のプレッシャーから解放され、まだ酒も入っていないのに、みんな上機嫌で興奮している。
「チエリと一緒の店でホントよかった。売り場も一緒だといいねー」
隣を歩いていた金子《かねこ》イズミがチエリに腕を回してきた。
イズミは研修中に仲良くなった同期の女の子。ふたりとも、第一希望の花園店に配属が決まり、最高の気分だった。花園店は県下で一番大きなショッピングセンターで、フロア続きで衣料やレストランの専門店が軒を連ねている。
「あたしも気分最高。それに、イズミは荒木《あらき》さんと一緒だから嬉しさ二倍でしょ?」
「百万倍だよ。あたし、絶対荒木さんゲットするんだぁ」
新入社員のなかで一、二を争うイケメンの大卒社員、荒木に目をつけているイズミがガッツポーズをしたところに、
「僕もチェリーと一緒の花園店だよん!」
チエリのもう片方の腕に、後ろから走ってきた春原光《はるはらひかる》が腕を回してきた。
「そういえばそうだったよね。それはそうと、何よ、チェリーって」
チエリは尋ねた。
ヒカルは色が真っ白で細面。歌舞伎の女形をやらせたら実に似合いそうだ。あまり男っぽくないせいか、腕を組まれてもあまり違和感はない。
「学生時代そういうあだ名じゃなかった?」
「一度もそんなこじゃれたあだ名で呼ばれたことないけど。普通にミムラって呼び捨て」
「たしかにミムラも可愛いけどせっかくチエリならチェリーでいこうよ。これからはチェリーを浸透させよう!」
「チェリーか、たしかに可愛いね。じゃあ今日からチェリーで決定!」
イズミはチエリ越しにヒカルと顔を合わせニッコリと微笑み、なぜかふたりでスキップをしはじめる。
ヘンな人たち。ふたりにつられて不器用にスキップをはじめたとき、
「はーい、花園店に配属された子たちはこっち!」
噂の荒木が交差点の手前で大声を上げている。
「はーい」
イズミは飛び切り可愛い声を出し、小走りになった。走ると自慢の巨乳が揺れるのも、きっと計算済みなのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってってば」
チエリも慌てて後に続いたが、うまく走れない。一か月経っても、まだパンプスに足が慣れずにふらついてしまうのだ。ヒールの高いミュールやブーツを履くことはあるけれど、こんなに毎日パンプスばかり履くのは足にもかなり負担がかかる。
「ちょっと、ふらふらしてるけど大丈夫?」
ヒカルが再び、チエリの腕を取った。
「足痛いかもしれないけど、背筋伸ばしてすっすって早足で歩くほうが楽だよ、ほら」
ヒカルに引っ張られ、チエリはどうにかイズミたちに追いついた。
「荒木さぁん、どこの店行くんですか?」
イズミは積極的に声をかけている。研修中もかなり元気だったけれど、どうやら恋愛に関してもプッシュプッシュの攻撃的な性格のようだ。
「この先の串焼きダイニング。半年ぐらい前にできたとこ、知ってる?」
「知ってます。個室とかあってオシャレな居酒屋ですよね。一度行ってみたかったんですぅ」
「未成年なのに詳しいじゃない。今日はダメよ、高卒組に飲ませたらあたしたちが怒られるんだから」
大卒総合職の三好真沙美《みよしまさみ》がふたりの会話に割り込んできた。イズミの顔が露骨に引きつる。三好は実にパキパキとしていて仕事ができる女性なのだが、顔が久本雅美に似ているし名前もまさみなので、チエリとイズミの間ではマチャミと呼ばれている。
「はーい」
イズミは頬をふくらませながら、後ろを歩いていたチエリのほうへ振り返り、ふたたび腕に手を回してきた。そしてチエリの耳元でこっそり、
「高卒組って、わざわざ言うなっつーの」
と囁き、前を行くマチャミにべーっと舌を出した。