あっ、流れ星。
今まで一体《いったい》何度お願いしたか分からない。
……神様なんて、いない。
長い髪を撫でる夜風に身を任せながら暫くぼんやりと星を眺めて、溜息を吐いて視線を地面に移す。
(……あれ?)
ふと、隅っこに何か転がっている事に気が付いて近寄った。
拾い上げてみると、それは掌にピッタリ収まるぐらいの大きさの瓶だった。月の光を浴びて黒光りしているそれをうっとりと眺めて呟いた。
「綺麗……」
香水だろうか。昨日はこんな物は無かったと思うのだけど、落とし物かな?
首を傾げつつ何の気無しに蓋を開けた私は、一瞬にして煙に包まれた。
「きゃあ!!?」
(何? 何? ナニゴト!?)
尻餅を着いて目を白黒させていると、やがて視界がクリアになってきた。同時に、目の前に誰か立っている事が分かって身が固くなる。
「……誰……?」
恐る恐る問い掛けたらだいぶ頭上から低い声が降った。
「よんだの、お前?」
「……え?」
意味が分からず呆けた声で聞き返すと、声の主は「何だ、ガキかよ」とやれやれと言った様子で呟いた。
それと同時に溜息を吐かれた事にムッとして勢いよく立ち上がる。
「ガキじゃないわよッ!」
「あ、そ。失礼」
反論した私を軽く去《い》なしつつふっと漏れた笑い声を見上げると、此方《こちら》を見ていた彼と視線が絡んだ。
(……わ、背、高い……)
一六〇センチは有る私よりも二〇センチは高い。しかも結構、カッコイイかも。歳は同い年か、ちょっと上ぐらいに見える。
吸い込まれそうな瞳を見つめていると、彼が不意に「で? 用件は?」と訊いた。
「え?」
「お前の願いは何?」
「は?」
「願い事、あんだろ?」
「……訊いてどうするのよ」
「俺が叶えるんだよ」
一体何を言っているのだろうか。開いた口が塞がらないまま、まじまじと彼を見つめたけれどその瞳は笑っておらず、どうやら冗談を言っている訳では無さそうだ。
「…………意味わかんないんだけど」
控えめに異議を唱えた私に彼は、あからさまに苛立った様子で頭をがしがし掻きつつ吐き捨てるように言った。
「悪魔喚《よ》んどいて何言ってんだ。さっさと願い事言えよ」
(はあ? アクマ!?)
目が点になるとはこういう事だ。今時小学生でも言わない様な台詞《せりふ》に完全に退いた私に、彼は物凄く不服そうな顔をした。
「何だ、その顔」
「……悪魔ゴッコ? どういう遊びなの?」
怖ず怖ずと訊ねると、自称悪魔はふーっと息を吐きつつ首を振って呆れた声を出した。
「本当、馬鹿の相手はしてらんねー……」
初対面に馬鹿呼ばわりされて黙って聞き流せる程、私は出来た人間ではない。
「何よ、だったら……証拠! 証拠見せてよ!」
思わず語気を強めた私に妖艶に微笑んだ彼は、細く長い指で私の顎を撫でた。
「かしこまりました、ご主人様?」
その仕草に、不覚にもときめいてしまった私を余所《よそ》に彼が両手を拡げたかと思うと次の瞬間、地球上の万有引力は完全に無視された。
彼の身体は音も無く、三〇センチ程ふわりと浮き上がったのだ。
勿論《もちろん》、自分の目を疑った。夢じゃないかと手の甲も抓《つね》ってみたけれど、涙が滲む程に痛くてどうやら眠ってはいない様だった。
言葉を発する事も出来ずに間抜けに口を開閉する私に、月光を背負って勝ち誇ったように微笑んだ彼は「信じた?」と楽しげに首を傾げた。
呆然としたまま深く頷くと「お、素直」と言った彼がすとっと目の前に着地した。俄《にわか》に信じられないけれど、確かに其処に居る彼を改めてまじまじと眺める。
肩に僅かに届く位の、天使リングの光る(悪魔なのに)さらさらっぽい黒い髪、黒いシャツに黒スーツ、観るもの全て魅了しそうな黒い瞳……
全身を隈無く観察していたら、その漆黒の瞳で見据えられた。
「何ジロジロ見てんだ」
「……ホントに本物……?」
「何だよ、納得したんじゃねーの?」
「だって、悪魔なんて初めて見るんだもん」
思ったままにそう言うと、自称悪魔は思いっきり吹き出した。
あ、笑うと結構カワイイ。
「正真正銘、ホンモノっ!」
それはそうと、悪魔って爆笑するのか。ふと浮かんだ疑問を口にすると「バカにしてんのか?」と拗ねた様に言われて慌てて弁解する。
「ち、違っ……そういう訳じゃ」
「まあ、赦してやるよ。で? 何を願う?」
軽い溜息を吐きつつ改めて訊いた彼に、暫く考えて元気よく答えた。
「彼氏欲しい!!」
自称悪魔は、そんな私に心底呆れて言い放った。
「……馬鹿だろ、お前」
「なんでよっ、かなり真剣なのに!」
剥《むく》れる私に深々と溜息を吐いた彼は、ドスの利いた声で「あのな」と言った。それに対して「うん?」と軽い調子で聞き返すと明らかに怒りが爆発した。
「悪魔との契約は命と引き換えって相場が決まってんだよ。くだらない事願ってんじゃねえ!!!」
「そうなんだ?」
「解ったか!? じゃあもっとマシなこと……」
言い掛けた彼を遮って口を開く。
「くだらなくなんかないよ」
「は?」
「彼氏、欲しい」
再度願った私に彼は、より一層怒りを露にした。
「おまっ……俺の話、聞いてんのか!?」
「うん」
「なら……!」
「私、もう長くないの」
再び怒鳴ろうとした彼が「え……?」と一言発したまま固まった様を見て言葉を繋ぐ。
「生まれつき、心臓に欠陥があるの。二十歳まではもたないだろうって」
「……お前、今いくつ?」
「十七」
「ツイてないな」
「やっぱそうかな」
軽く答えた私に彼は、口を引き結んで声を絞り出した。
「でも、お前結構可愛いんだからさ、俺なんかに頼らなくたってカレシの一人や二人……」
「…………ないよ」
彼の台詞の途中で、小さい声で呟いた私に「え?」と問い返した彼の瞳を見据えて言った。
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