FREAKY 13 DEAKY

酔いどれの誇りと踊る熊へ

「じっと見ていた」

2014-10-03 21:33:37 | 日記
今日淋しい人を見た。

その人と午前中話をした。

その人の声は大きかった。

でもその声量が、自分の孤独を打ち払うように見えて可哀そうになった。

その人は受け付けなかった。

人を寄せ付けない火薬を体内にいつも忍ばせていた。

火薬には近寄りたくない普通は。

だから誰も寄り付かなくなった。

近づけなくなった。

60歳半ばくらいの男だった。

関わる人、身近な人に怒鳴り散らす人に誰もが距離を置くようになった。

その人は気づいていない。

その状況を一番望んだのがその人だということを。

その人は気づいていなかった。

その人が生き方でもって、僕に全てを教えてくれていることに気づき体が固まった。

その人は死ぬまで変われないだろうし変わろうとしないだろう。

その人は大切なことを僕に身をもって教えてくれた。

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「本性」

2014-10-03 21:18:12 | 日記
人は建前で生きている。

社会で生きている。

だから身近な人の姿が見えなくなる時がある。

そんなこと多々ある。

でも神様は建前の向こう側にあるむき出した姿を見せてくれるチャンスを

くれる時もある。

「トラブル」

「アクシデント」

「事故」

これらが引き金となって、ことの大きさに関係なく場面がガラリと変転するごとく

人間の本性を垣間見ることができる。

本性には特徴がある。

それを垣間見る人間の「一方通行」にならないことだ。

見る人間が見られる人間になり見られる人間が見る人間にもなりうる。

お互いが合わせ鏡の様に、自分の一番見たくない知られたくないものを

見せつけられ合うことになるのだ。

まるでそれはセーフティネットの無い綱渡りなのだ。

向こう側に渡れればそれで良しだが、踏み外せばハイそれまでよだ。

渡りきって一流の曲芸を見せつけるか、見るに堪えないものにするかは

その人次第なのだろう。

どうせ一回キリの人生なら渡りきって向こうの世界を見てみたいものだ。

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