食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

スコッチ・ウイスキーの躍進-イギリスの産業革命と食(9)

2022-04-05 21:41:28 | 第五章 近代の食の革命
スコッチ・ウイスキーの躍進-イギリスの産業革命と食(9)
日本では、「スコッチ・ウイスキー」「アイリッシュ・ウイスキー」「アメリカン・ウイスキー」「カナディアン・ウイスキー」「ジャパニーズ・ウイスキー」を五大ウイスキーと呼んでいます。

この中で最もよく飲まれているのがスコッチ・ウイスキーで、ウイスキー全体の消費量の約6割を占めています。

ちなみに、日本の本格的なウイスキーはスコッチ・ウイスキーを手本に醸造が始まったという歴史があります。日本で最初に本格的なウイスキーを造った竹鶴政孝は、スコットランドに留学してウイスキー造りを学び、また、スコットランド人のリタ(マッサン)と結婚して帰国します。

スコッチ・ウイスキーは、イギリス・ブリテン島北部のスコットランドで醸造されるウイスキーで、スモーキーフレーバーと呼ばれる燻製のような香りを特徴としています。この香りは、発芽させたオオムギ泥炭(ピート)で燻して(いぶして)乾燥させるときに生み出されます。その後に発酵や蒸留、樽での熟成を行っても、この香りはお酒に残り続けるというわけです。

スコッチ・ウイスキーは当初はスコットランドのローカルなお酒でしたが、産業革命期にイギリス国内で流通量が増加し、19世紀終わり頃にはイギリスの上流・中流階級にはなくてはならないお酒になりました。

今回は、このようなスコッチ・ウイスキーの歴史について見て行きます。



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最初にウイスキーが醸造されたのはアイルランドもしくはスコットランドと言われているが、その時期についてはよく分かっていない。ヨーロッパに蒸留装置が広まるのが14世紀以降のことなので、最初のウイスキーもその頃から造り始められたと考えられている。

現代のウイスキーは、蒸留した酒を樽の中で長時間の熟成した後に出荷される(スコッチ・ウイスキーの場合は最低3年の熟成期間が定められている)。この間に酒の色が琥珀色になり、味もまろやかで豊かになる。

しかし、初期のウイスキーは、蒸留してすぐに飲んでいたらしい。そのため、酒の色は無色で、風味もトゲトゲしいものだったという。その頃のスコッチ・ウイスキーやアイリッシュ・ウイスキーは、小規模に醸造したものをそれぞれの地域内で飲み切ってしまう安酒だったのだ。

スコッチ・ウイスキーの転機となったのが、1707年のイングランドによるスコットランドの併合だ。1603年からイングランドとスコットランドは別の国でありながら国王を同じくする同君連合であったが、1707年にイングランドが半ば強制的にスコットランドを併合した。そして、1725年にはスコットランドの蒸留酒にそれまでの15倍ほどの重税をかけるようになったのである。

それに対して、スコットランドのウイスキー醸造業者は密造を行うことで対抗した。夜中にこっそりと醸造作業や蒸留作業を行い、出来上がった酒は見つからないようにに入れて山の中などに隠したのだ。

しかし、これがウイスキーを美味しく変身させたのだ。樽で保管することによって熟成という化学反応が起こり、無色透明な酒が琥珀色になってまろやかで奥深い味に変化したのだ。特にシェリーの樽が熟成に最適なことが分かった。こうしてこの時代に、小型の単蒸留器で2回蒸留したものを樽で熟成させるなど、スコッチ・ウイスキーの製法の多くが確立した。

品質の高い密造酒はロンドン市内にも流通し、高い評価を得るようになる。中でも密造業者ジョージ・スミスが製造した「グレンリベット」はとても美味いと評判で、これを聞きつけたイギリス国王ジョージ4世(在位:1820~1830年)が取り寄せて飲んでみたところ、たちどころに虜になってしまったという。そして、これが歴史を動かす。

王の側近たちは、王様が密造酒を飲むのはさすがにまずかろうということで、1823年に税金を引き下げたのだ。そして、1824年にはスミスに政府公認のライセンスを与えた。こうしてスミスは堂々とグレンリベットを造り、国王も気兼ねなく美酒を楽しむことができるようになったのである。他の密造業者も正規の醸造業者に生まれ変わった。

次の転機は1830年代に訪れた。元税検査官で発明家のエネアス・コフィーが改良型の連続式蒸留器を開発したのだ。これを用いることで、さまざまな穀物から高アルコール度数の蒸留酒を大量に生産することが可能となった。

出来上がった蒸留酒はほぼアルコールの風味だけなので、ジュニパーベリーを入れて再蒸留すればジンになるし、樽で熟成させればウイスキーになる。ただし、こうして造ったウイスキーはそれまでのスコッチ・ウイスキーのような深い風味には欠けたものになる。そこで、従来のオオムギを原料にして単蒸留器で造ったものを「モルトウイスキー」と呼び、穀物を原料に連続蒸留器で造ったものを「グレンウイスキー」と呼ぶようになった。

1860年にモルトウイスキーとグレンウイスキーを混合した「ブレンデッドウイスキー」と呼ばれるスコッチ・ウイスキーが誕生した。現在販売されている多くがブレンデッドウイスキーであり、モルトウイスキーだけを使用したものは、シングルモルト(同じ蒸留所のモルトを混合したもの)やヴァテッドモルト(複数の蒸留所のモルトを混合したもの)と呼ばれたりする。

さて、これまで見てきたように、スコッチ・ウイスキーは順調に成長してきたが、イギリスの上流階級が主に飲み続けていたのはフランスのワインやブランデー(コニャック)で、スコッチ・ウイスキーはあまり飲まれていなかった。

ところが、1870年代から1880年代にかけて、アメリカ大陸からやってきたフィロキセラと呼ばれるアブラムシによってヨーロッパ中のブドウが壊滅的な被害を受けてしまう。その結果、ブドウやブランデーの生産量が激減したのである。これをきっかけにスコッチ・ウイスキーはイギリスの上流階級と中流階級で広く飲まれるようになったのである。


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