公共交通の重要性

 鉄道やバスなどの公共交通は、地方ではマイカーの普及と人口減少によって経営が厳しくなっている。都市部でも運転手不足が原因で減便や運休が発生している。

 しかし、公共交通が利用できなくなると、

・通勤
・通学
・通院
・買い物

などに支障をきたし、多くの人たちの生活に大きな影響を与えることになる。

 採算が取れないからといって、このまま公共交通が衰退するのを放置していいのだろうか。公共交通は

・福祉
・医療政策

にも関わり、心理的な効果もある。本稿では、経済的な効果だけでは測れない公共交通の価値について、改めて考えてみたい。

マイカーのイメージ(画像:写真AC)

再整備で地域活性化

 都市部では、公共交通の積極的な利用が渋滞の緩和につながると期待されている。バスなどは、マイカーと比べて

「ひとりあたりの占有面積」

が小さいため、交通量を減らすことができる。

 また、多くの人を一度に運ぶことができ、輸送効率が高くなる。この結果、環境への負荷も低減され、CO2や窒素酸化物(NOx)などの排出量を減らすことができる(ただし、乗客がほとんどいない場合には、逆に環境負荷が大きくなることもある)。

 公共交通が再整備され、より便利で使いやすくなれば、

・マイカーを持たない人たち
・マイカーを持てない人たち

も外出しやすくなり、地域の交流が進むことで地域経済の活性化につながる。

通院のイメージ(画像:写真AC)

移動制約者への影響と解決策

 公共交通は、前述のような経済的効果だけでなく、社会全体にも大きな貢献をしている。通勤・通学、通院、文化活動への参加など、さまざまな活動を支える重要な役割を果たしている。

 この点を軽視すると、高齢者や障がい者、子どもなどの「移動制約者」(近年では交通弱者という言葉の「弱者」が差別的とされ、このように呼ばれる)が生活に支障をきたすことになる。

 通学手段が制限されることで、進学したい学校の選択肢が狭まり、働きたい会社や職種に就けなくなるなど、移動制約によって不利益を被る層が増え、社会の格差が広がる可能性がある。

 公共交通は、こうした格差を防ぎ、さまざまな人たちに活躍の機会や場を提供するための重要な手段のひとつである。

福崎町(画像:OpenStreetMap)

コミュニティーバスの危機

 公共交通は地域文化の育成にも大きな役割を果たすことができる。

 例えば、観光地へのアクセス向上に貢献し、地域住民がコミュニティー活動に参加する手段を提供することが期待されている。特に、地方自治体が運行する

「コミュニティーバス」

は、住民同士のつながりを支え、地域文化の継承活動にも寄与する可能性がある。実際、すでに多くの地域で運行されているが、運転手不足などの理由で、運行縮小や運休、廃止が進んでいる。

 近畿運輸局は、地域公共交通が廃止された場合にどれだけ追加的な財政負担がかかるかを調査しており、兵庫県南西部にある福崎町を例にしてその試算を行った。

 それによると、コミュニティーバスが廃止されると、生活環境を維持するために年間

「約640万円」

の追加支出が必要となるという結果が出ている。

コミュニティーバス(画像:写真AC)

運輸部門のCO2排出「18.5%」

 公共交通は、環境負荷の軽減にも大きく貢献することができる。

 これはすでに言及したことだが、現在、持続可能な未来の実現が世界的な課題となっているため、公共交通を考える際には、経済的な効果だけでなく、環境面での貢献も重要な要素となる。なぜなら、交通部門は温室効果ガスの主要な排出源のひとつだからだ。

 国土交通省によると、2022年度の日本の二酸化炭素排出量(10億3700万t)のうち、運輸部門からの排出量(1億9180万t)は

「18.5%」

を占めており、そのうち自動車が運輸部門の85.8%(日本全体の15.9%)を占める。さらに、旅客自動車が運輸部門の47.8%(日本全体の8.8%)、貨物自動車が運輸部門の38.0%(日本全体の7.0%)を排出している。

 環境対策として、EVバスや天然ガスを利用したバスの導入、またオンデマンドによる乗り合いタクシーの導入などが進められている。今後は、航空業界で検討されているSAF(持続可能な航空燃料)などの、化石燃料に代わる新たな燃料の開発が進むだろう。

免許返納のイメージ(画像:写真AC)

高齢者免許返納の影響

 公共交通は都市部だけでなく、むしろ地域の生活の質を向上させる上で重要な役割を果たしている。特に地方では、都市部に比べてマイカーの依存度が高く、自分で車を保有し運転できない人たちにとって、公共交通の衰退は生活の危機を招く。

 例えば、近年、高齢者が運転する車がブレーキとアクセルの踏み間違いや、一方通行車線の逆走などで重大な事故を引き起こすことが増え、社会問題となっている。このため、高齢者に

「免許返納」

を促す動きが広がっている。

 しかし、これにより特に地方の高齢者は、移動の自由が大きく制限され、社会活動への参加機会が減少する。その結果、

「認知症の発症リスク」

が高まり、認知症患者の増加が社会的な負担を増大させることとなる。

移動の自由が支える人間らしい生活

 公共交通の本来の価値は、経済効果だけでなく、「社会的」および「文化的」な要素にも大きく関わっている。

「移動の自由」

を保障することは、人間らしい生活を送るために欠かせない要素である。

 国民全体が公共交通の本質的な価値を理解し、それを支え維持するために積極的に努力することが重要だ。

 その結果として、日本はより平等で、持続可能な社会を実現できるだろう。