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鼻毛

2024-01-07 06:00:00 | エッセイ

 

 

50歳になるかならない頃だったと思う。

友人が、「お前もいよいよ爺の仲間入りだな」と言った。

いささかむっとして「そりゃ、なぜだ」と問うと、

「鼻毛、鼻毛。鼻毛がひょろっと出ていても

一向に気にしない、そんな爺になったわけだよ」

ずばっと返されてしまった。

以来、鼻毛チェックを欠かさず、

鼻穴から出かかったら小さなはさみでカットしている。

たまに、それを怠ると今度は長女から「お父さん、鼻毛!」とやられる。

 

この鼻毛、言うまでもなく鼻で呼吸した時フィルターの役割を果たしており、

塵埃や微粒子が気管支に入り込むのを防いでいる。

そうとあって、都市部など空気が汚れているところに住んでいる人ほど

鼻毛が長くなるのだそうだ。

そう言えば、比較的市街地に近い所に住んでいるし、

中心市街地に出かけることも多い。

ただし、都市部うんぬんは医学的な根拠はなく、もっぱら加齢が主因らしい。

そう言われれば、確かに年を取るにつれ、鼻毛の成長が早くなったように思う。

薄くなった頭を見て、

「こちらこそ、そうあってほしいのに。なぜだ。理不尽ではないか」

そんな恨み言を垂れることしばしばだ。

 

           

また、フィルターの役割を果たしているとあれば、

むやみに抜いたり、切ったりしない方がよいとも言われるが、

鼻毛が出ているとやはり体裁が悪いに違いない。

友人が鼻穴から出ている鼻毛を見て、「お前も爺の……」と言ったのは、

こちらの体裁を案じてのことでもあったのだ。

 

実は、この鼻毛、文字通りの意味である「鼻の穴の毛」以外にも、

いろんなことの比喩の言葉として用いられる。

「鼻毛が長い」─女の色香に迷っている様。

「鼻毛を伸ばす、鼻毛が伸びる」─女に甘く、でれでれしている様。

               「鼻の下を伸ばす」にも近い。            

「鼻毛を読む、鼻毛を数える」─自分に溺れている男のだらしない様を見抜いて、

               女が思うままにもてあそぶこと。  

等々、男にとってあまり芳しくない比喩だ。

ちょっと堅いところも一つ。

「鼻毛通し」─日本刀の柄頭にかぶせた金物にあいた緒を通す穴のこと。

      「端毛通し」とも言う。

 

母は小さい頃からよく「ほれ、眉を上げなさい」と言った。

眉が下がっていると男ぶりが下がるというのである。

今朝も髭を剃ろうと鏡をのぞき込むと、亡き母が例によってと言う。

ついでに鼻毛の方も見ると、2、3本ひょろりと飛び出しそうになっている。

小さなはさみを取り出し、チョキチョキ。面倒くさ!

 

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