50歳になるかならない頃だったと思う。
友人が、「お前もいよいよ爺の仲間入りだな」と言った。
いささかむっとして「そりゃ、なぜだ」と問うと、
「鼻毛、鼻毛。鼻毛がひょろっと出ていても
一向に気にしない、そんな爺になったわけだよ」
ずばっと返されてしまった。
以来、鼻毛チェックを欠かさず、
鼻穴から出かかったら小さなはさみでカットしている。
たまに、それを怠ると今度は長女から「お父さん、鼻毛!」とやられる。
この鼻毛、言うまでもなく鼻で呼吸した時フィルターの役割を果たしており、
塵埃や微粒子が気管支に入り込むのを防いでいる。
そうとあって、都市部など空気が汚れているところに住んでいる人ほど
鼻毛が長くなるのだそうだ。
そう言えば、比較的市街地に近い所に住んでいるし、
中心市街地に出かけることも多い。
ただし、都市部うんぬんは医学的な根拠はなく、もっぱら加齢が主因らしい。
そう言われれば、確かに年を取るにつれ、鼻毛の成長が早くなったように思う。
薄くなった頭を見て、
「こちらこそ、そうあってほしいのに。なぜだ。理不尽ではないか」
そんな恨み言を垂れることしばしばだ。
また、フィルターの役割を果たしているとあれば、
むやみに抜いたり、切ったりしない方がよいとも言われるが、
鼻毛が出ているとやはり体裁が悪いに違いない。
友人が鼻穴から出ている鼻毛を見て、「お前も爺の……」と言ったのは、
こちらの体裁を案じてのことでもあったのだ。
実は、この鼻毛、文字通りの意味である「鼻の穴の毛」以外にも、
いろんなことの比喩の言葉として用いられる。
「鼻毛が長い」─女の色香に迷っている様。
「鼻毛を伸ばす、鼻毛が伸びる」─女に甘く、でれでれしている様。
「鼻の下を伸ばす」にも近い。
「鼻毛を読む、鼻毛を数える」─自分に溺れている男のだらしない様を見抜いて、
女が思うままにもてあそぶこと。
等々、男にとってあまり芳しくない比喩だ。
ちょっと堅いところも一つ。
「鼻毛通し」─日本刀の柄頭にかぶせた金物にあいた緒を通す穴のこと。
「端毛通し」とも言う。
母は小さい頃からよく「ほれ、眉を上げなさい」と言った。
眉が下がっていると男ぶりが下がるというのである。
今朝も髭を剃ろうと鏡をのぞき込むと、亡き母が例によってと言う。
ついでに鼻毛の方も見ると、2、3本ひょろりと飛び出しそうになっている。
小さなはさみを取り出し、チョキチョキ。面倒くさ!
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