2月1日付の本稿で、昨年末の紅白歌合戦で歌われた美輪明宏の『ヨイトマケの唄』について書いた。半世紀を経たこの唄が、今の若者を号泣させたものは何か? を問いたかったからだ。私はその中で、この歌が日本の戦後史を語る普遍性を内包しているからだろうと書いた。
昨日のNHK「Asaichiあさいち」に、美輪明宏本人が登場して、私の問いに明快に答えてくれた。NHKとしても美輪をゲストに呼んだ以上、数えきれないほどのテーマがあっただろうが、冒頭から話題にされたのは、やはり紅白のヨイトマケであった。
司会者から、「なぜ今の若者にも受けたのか」という私と同じ質問をされた美輪は、
「それは無償の愛でしょう。親が子を思う愛、子が親を思う愛…、それは何かを求めての愛ではありません。無償の愛です。その愛がこの歌にあるからでしょう。」
と答えた。そして次のように補足した。
「この歌にはモデルがありました。満州から引き揚げた貧しい一家でしたが一生懸命働いて生きていました。その子は貧しさと弱さからイジメにあっていましたが、その子の母は『お前は何も間違ってない。貧乏とか、ちょっと何かができないことなど何も恥ずかしいことではない。ウソやゴマカシをしない。決まったことを一生懸命やる。それができる人が一番偉いんだ』と励ましていました。その子は頑張りぬいて立派なエンジニヤーになりました」
『ヨイトマケの唄』そのままである。美輪はまた、「この無償の愛がなくなったから、親が子を殺したり、子が親を殺したりするのです。ウソをつかない、貧しくてもキチンと生きる…、このような日本人の一番いいところが失われてきた結果です」とも言っていた。
半世紀を超えて若者を号泣させたものは、人間の原点とでもいうべきものであったのだ。
清楚に咲き誇る庭の紅梅