この名著を多くの人が読んでいることと思う。今回の旅行に先立って読み返してみて、昔読んだときと違って、もっともっとその深奥に触れた思いがした。ヴェツラーを訪ねた機会に、ゲーテがロッテに会って一目ぼれするシーンだけ引用しておく。(竹山道雄訳岩波文庫版より)
ウェルテルは裁判官仲間の舞踏会に参加するため、たまたま馬車の途中でロッテを乗せていくことになったのであるが、ロッテ屋敷の窓越しに、弟妹にパンを配るロッテの姿を見た瞬間、
「…今までに見たことのないほどうっとりする光景…」(同書p28)
を感じ、馬車の中でロッテと言葉を交わすうちに、すっかり心を奪われ次のように言っている。
「話を続けながら、あの黒い瞳に私はどんなに見とれていたことだろう! いきいきとした唇、あざやかな若々しい頬が、どれほど私を魂のそこまで惹きつけたことだろう! ふかい意味のあるこの人の話にすっかり飲みこまれて、その語る言葉をさえいくたびとなく聞かないでしまった! (中略) 私はまるで夢を見ている人のようだった。あたり黄昏(たそが)るる世界の中でまるで現心(うつつごころ)はなかったので、燭火かがやく上の広間からこちらに響いてきた音楽も、ほとんど聞こえないほどだった。」(同書p31)
そして次のように締めくくっている。
「…このときから、日も月も星も依然としてその運行をつづけながら、私にとっては昼もなく夜もなくなり、全世界は身のまわりから姿を没した。」 (同書p38)
よくもまあ抜けぬけと書くものだと思う。われわれ凡人がこのような表現を使ったら(もちろん書く力などないが)、「背筋が寒くなる…」と疎んじられることだろうが、文豪ゲーテが偉大な構想のもとに書けば光り輝き、不朽の古典として永遠に尊ばれるのである。それにしても大した筆力である。
このようなことを思いながら、美しいヴェツラーの街を歩いた。
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