疑問に思ったことはとことん調べて見ないと気が進まない性分のため、とうとう映画「ドライブ・マイカー」の作中劇の原作であるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』に辿り着きました。この戯曲は新潮文庫『かもめ・ワーニャ伯父さん』(令和4年3月25日六十刷)に収録されています。定価は430円。ここしばらく新品の文庫本を買ったことがなかったので、その価格に驚きました。ワンコイン内で240ページのロシア文学の世界に浸れるのですから、これは是非とも皆さんにも勧めたいですね。以前印刷製本会社に勤めていましたので、1冊の製作費を考えると相当に良心的な価格設定です。
前置きはさておいて、とにかく読んでみました。ロシア文学は登場人物の名前が長く覚えにくい上に、何より長編のため、読破するには相当覚悟がいりますのでずっと遠ざかっていました。このチェーホフの『ワーニャ伯父さん』は登場人物も9名程度、4幕120ページ程度の戯曲です。内容は実際に読んでみていただいた方がよいので書きませんが、背表紙の内容紹介には、「失意と絶望に陥りながら、自殺もならず、悲劇は死ぬことにではなく、生きることにあるという作者独自のテーマを示す『ワーニャ伯父さん』」と書かれていました。第4幕の最後に、善良なソーニャがワーニャ伯父さんを慰めるせりふが、この戯曲の最も感動的な部分で、モスクワ芸術座で上演され、大成功を収めたとありました。
映画「ドライブ・マイカー」の全編を通してのテーマは、登場人物が抱える「絶望から忍耐へ」というチェーホフと共通のものです。それをどう映像化するかが監督の技量でしょうが、『ワーニャ伯父さん』という作中劇をバックグラウンド・ミュージックのよう映像で流し、西島秀俊が演じる家福とその家福が作中劇で演じるワーニャ伯父さんが最後にシンクロするという展開は見ごたえがありました。さらに作中劇のソーニャ役は、韓国人の聴覚障がい者が演じており、この劇でもっとも感動的な部分が手話によって語られるという手法は見事としか言いようがありませんでした。
さてかくいう私は、この「ドライブ・マイカー」がアカデミー賞の国際長編映画賞を受賞してから映画を鑑賞し、その後に村上春樹さんの『女のいない男たち』を読み、さらにチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を読んで、はじめてこの映画のテーマに辿りついたわけです。この映画を評価した外国人は村上春樹、チェーホフを当然のように知っており、さらに濱口竜介監督の力量を評価したのですから、なにも知らなかった自分が日本人としてちょっと恥ずかしくなりました。