A Slow Life of Mister Masuda

定年退職後のスローライフを公開!

110 アトランタ

2009年03月04日 06時17分57秒 | ロス滞在記
6月14日(日)午後


昼食後バスに乗り込む。
今日でこのバスとはお別れ。






チャタヌガ・チューチューの歌を聴きながら
バスはチャタヌガを出てストーンマウンテンへ。
アトランタの人達の憩いの場所と言われている。







中心は高さ250メートルの御影石の山。
山腹に南北戦争で活躍した南軍の諸群のレリーフが彫られている。
ラッシュモアから専門家を呼んだり彫刻の完成には長年か掛かったが1970年に完成。
その山を中心に宿泊施設、テニス、サッカー、水遊び、ゴルフ、キャンプ色々ある。



アトランタの町に入る、アテネから100年目と言うことで
「オリンピック100年記念公園」が町の中心にある。
コカコーラ、CNNの本社があることでアトランタは有名。
昔我々が着た時食事をしたピーチツリーSTは整備されレストランが何処か分からない。























アンダーグランド 薄暗く気持ちの悪い印象派なくなり
単なるアーケードとなってしまい残念。






バス車内では朝からDVDで風と共に去りぬを流している。
バスはミッチェルストリートに入ってきた。




マーガレット・ミッチェルが風と共に去りぬを執筆したえ家。
立派な家に住んでいたんだ。
ここは初めての訪問で面白かった。


















カリフォルニアからズーット御世話になっていたこのバスともここでお別れ。
明日の朝からはワシントンのバス会社のお世話になる。
愈々アトランタ・ピーチツリーSTからアムトラックに乗車となたが遅れている。
午後9時アトランタ発でワシントンには明日の朝午前8時到着予定。







レールの状態が悪い為かスピードを出すと物凄くゆれる。
寝心地が悪そう、今夜か眠れるかな。
それに冷房も効きすぎだ。

アムトラック「クレセント号」はニューオリンズ=NY間を39時間で走り抜ける。
一日一往復。我々はアトランタからワシントンまで14時間の汽車旅。




加山又造

2009年03月03日 17時25分49秒 | 家族行事
2月20日(金)


日本画家 加山又造画伯は鶴見の住人だったと言うこともあり
ミスターマスダは親しみを持っており、お気に入りの画家の一人だ。
特に晩年の煌びやかな「琳派風」の作風が好きだ。

会場の六本木の国立新美術館は幸いにもあまり混んでいない。
黒川紀章設計のガラスの建物は最初見た時は違和感を感じたが
何度も来ているうちに内部も広々としており
中々良いなあと感じるようになった。













展示場の入口のエントランスホールには
一辺3メートル余りの「花」「月」「雪」の大型三部作がド~ンと飾られ
見学者を圧倒する。
加山又造の良さも悪さも表れている大集成だと思う。
これをじっくり見学すれば今日の目的は殆んど達成された様なものだ。





展覧会は東京芸大買い上げの初期の動物画から
左上のブリューゲルの影響を感じられる「冬」
装飾的な絵画から裸婦像、屏風絵など
加山又造 革新芸術の軌跡を辿っている。




また陶芸家の息子さんとのコラボレーションによる大鉢は迫力があった。



それ以外にもジュエリーのデザイン、友禅の着物の絵付け、
祇園祭りの山鉾に飾るタペストリーなど画伯の多彩な才能が
工芸の世界にも広がっている事がうかがえる。
勿論これには個人の好みもあり評価は様々であろう。



帰途、広尾のスーパー ナショナルでグリュイエールとエメンタール・チーズを購入
自宅での軽めの夕食は「チーズフォンデュー」。








111 ワシントン

2009年03月03日 13時17分56秒 | ロス滞在記
6月15日(月)午前中


アトランタからのアムトラックの夜汽車は
午前9時すぎワシントン・ユニオンステーションに到着。

車内は寒いし、車両は汚いし、揺れるし、狭いし、絶えず警笛は鳴らすし
ワシントン・ユニオンステーションに到着した時はホッとした。












駅舎は昔30年前になるだろうか家族皆で来tた時に感じた以上に大きく感じた。
アメリカ鉄道繁栄時代の立派な建物。













駅前にフィラデルフィアと同じような「自由の鐘」があったのには驚いた。
この鐘のレプリカはアメリカ全土に沢山あるそうだ。







早速市内観光。
キャピトル、ホワイトハウス、ポトマック、リンカーン紀念堂、
アーリントン、スミソニアン。      











キング牧師の記念碑「 I HAVE A DREAM 」
















アーリントン墓地では無名戦士の遺骨を納める馬車の行列だろうか







 墓碑がキャピトルの方向を向いているとは知らなかった。






ペンタゴンは地上を走る地下鉄の窓より見学。
i以前 来た時に見たビルの前の硫黄島の星条旗の彫刻を見たいと
思ったが残念ながら見逃してしまった。















112 スミソニアン

2009年03月02日 13時46分29秒 | ロス滞在記
6月15日(月)午後


早朝アトランタよりアムトラックでワシントンの
ユニオンステーションに到着。
ワシントン市内見学をしてからホテルにて一休み。

午後からの自由行動では
小林語夫妻とスミソニアン・エアー・スペース博物館へ。
タクシーで行くが人数が増えるごとに1ドル50とられる、
因みにラッゲージも一個あたり2ドル。
このスミソニアン・エアー・スペース博物館を訪ねるのは
もう何回目になろうか。
家族4人で31,2年前に来てから今日で6回目。 

エアーバスの操縦シミュレーターなど新しい展示もあったが
もう何回も来ているので最初のような驚き・感激はない。





お馴染みのリンドバークの「翼よあれがパリの灯だ」

















ホテルへの帰りは地下鉄。
切符は一人づつ、つり銭は出ない、えらく不便なベンダーだ。










113 フィラデルフィア

2009年03月01日 21時10分05秒 | ロス滞在記
6月16日(火)




朝起きるとホテルのドアーの外にワシントンポストが置いてある。

ここはワシントン。 都会になるとホテルの部屋も少し狭くなる。

昨日はアトランタより夜汽車でワシントンのユニオンステーションに到着
その後は終日ゆっくりワシントン見物を楽しんだ。
本日は一気にニューヨークまでのドライブ
大陸横断最終日である。

先ずメリーランド州ボルティモアでストップ。
ベーブルースが生まれた街ということで30年ほど前
家族で訪ねたことのある街だ。

その昔 南北戦争の舞台ともなり米国国歌や星条旗が生まれたところ。




昔来たときは一日に二人は殺人事件で殺されるという治安の悪い町であったが
今この美しく静かなインナーハーバーを見ていると想像も出来ない。








インナーハーバーの散策もそこそこにバスはデラウエアー、
デュポンの大きな化学工場が見えた。





フィラデルフィア郊外に着く、
アイリッシュパブ風レストランでランチ。



チキンポットパイとビール。皆さんはギネスを飲んでいた。




フィラデルフィアの市内見学。
お定まりのリバティーベル、インディペンデンスホールの見学。












ボルチモアにしろフィラデルフィアにしろ
愛国心を高揚するような説明が続く。



聞きなれた名前が耳に入って来る。
NJターンパイク、
ニューアーク、リンカーントンネル 
バスは遂にマンハッタンに入る。





ホテルはカーネギーホールの隣の
「ウエリントン」これから一週間お世話になる。

早速散歩、ロックフェラーセンターから5番街、
マディソン、パークアベニューまで。

夕食はウオードルフアストリア・ホテルのステーキハウス
「ブル&ベアース」

まずウオードルフアストリア・サラダを注文
我が家のレシピと少し違うようだ。

ビーフはポートハウスでTボーンの様な物、
量は多く二人でシェアーしたが大変美味しかった。



6月4日にロスアンジェルスを出発
13日かけてニューヨークまで6600キロを走ってきたわけだ。
愈々旅も最終章
明日からニューヨーク・センチメンタルジャーニーが始まる。