少し前にジョン・コルトレーンの「コルトレーン・サウンド」を取り上げた際に、コルトレーンのサウンドを変えたのはマッコイ・タイナーだと書きました。そのぐらい60年代前半のコルトレーンとマッコイは切っても切れない関係で、「マイ・フェイヴァリット・シングス」「オーレ」等のアトランティックの傑作群を皮切りに、その後のインパルス移籍後も2人(+エルヴィン・ジョーンズ)の蜜月関係は続きます。ただ、どんどん前衛志向を強めるコルトレーンにマッコイは段々ついていけなくなり、ついに1965年にマッコイとコルトレーンは決別。その後、コルトレーンは完全にフリージャズの世界に突入します。デビュー当初はかなり先鋭的なピアノが売りだったマッコイですが、それでも調性を無視した音楽と言うのは彼の目指すところではなかったようです。
その後、マッコイはブルーノートに移籍。1967年にジョー・ヘンダーソンと組んだ「ザ・リアル・マッコイ」を発表した後、同年の12月に吹き込んだのが本作「テンダー・モーメンツ」です。マッコイはインパルス在籍時の「リーチング・フォース」「バラードとブルースの夜」等リーダー作ではトリオ作品の印象が強いですが、本作はなんと6本の管楽器を従えたノネット(9重奏)で分厚いサウンドを聴かせてくれます。私は70年代以降のジャズに疎いので聴いたことはないのですが、マッコイはその後も大編成の作品をたびたび残しているようなので元々アンサンブル指向が強いのでしょうね。メンバーはリー・モーガン(トランペット)、ジュリアン・プリースター(トロンボーン)、ベニー・モーピン(テナー)、ジェイムズ・スポールディング(アルト&フルート)、ボブ・ノーザン(フレンチホルン)、ハワード・ジョンソン(チューバ)、ハービー・ルイス(ベース)、ジョー・チェンバース(ドラム)と言った布陣。リー・モーガンを除けばいかにもブルーノート新主流派と言った面々が名を連ねています。なお、フレンチホルンとチューバは完全にアンサンブル要員。トロンボーンのプリースターも2曲目”Man From Tanganyika"で短いソロを取るぐらいで基本的に前述の2人と重低音アンサンブルを担当しています。
全6曲。全てマッコイが書き下ろした自作曲です。作品はまず”Mode To John"で幕を開けます。ここでのJohnとはもちろん同年7月にガンでこの世を去ったジョン・コルトレーンのことですね。音楽的に袂を分かったとは言え、コルトレーンへの敬愛の念は持ち続けていたのでしょう。まるでインパルス時代のコルトレーンを思わせるような切れ味鋭いモーダルナンバーで亡き盟友を偲んでいます。マッコイの高速ソロはもちろんのこと、モーガン、スポールディング、モーピンもエネルギッシュなソロを聴かせます。2曲目は”Man From Tanganyika"。曲名はタンザニアにあるタンガニーカ地方から取ったもので、アフリカの大地を思わせるような雄大な雰囲気を感じさせる曲です。ソロはマッコイ→スポールディングのフルート→プリースター→モーガンの順です。3曲目”High Priest”は解説書曰くセロニアス・モンクに捧げた曲らしいです。Monk=修道士とPriest=神父をかけた曲名でしょうか?曲は確かにモンクっぽいやや風変わりなメロディですね。何でもモンクはバド・パウエルと並んでマッコイが最も影響を受けたピアニストの一人だとか。演奏スタイルは全然違うような気がしますが・・・
4曲目”Utopia"はこれぞブルーノート新主流派と言った感じの曲です。スポールディング→モーガン→モーピン→マッコイとモーダルなソロを展開して行きます。5曲目”All My Yesterdays"は幻想的なバラードで、管楽器のソロはなく、分厚いアンサンブルをバックにマッコイがたゆたうようなピアノを聴かせます。ラストラックは”Lee Plus Three”。タイトルどおりリー・モーガンとピアノトリオによる演奏。ここまで管楽器アンサンブルの中で与えられた役割をこなしていたモーガンがまるで鬱憤を晴らすかのようにバリバリと吹きまくります。マッコイのピアノソロもいつになくファンキーです。