木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

トキワ荘の青春

2013年01月05日 | トマソン的町歩き
「トキワ荘の青春」という邦画を観たのが直接のきっかけとなって、犬の散歩がてらトキワ荘跡に行ってみることにした。
近所にありながら、これまで一度も訪ねたことのない場所だ。
地図で見ると想像したのとはまったく違う方向だった。
目白通りの一本裏に位置し、昔はかなり賑わいのあった商店街の奥にある。
トキワ荘は現存しておらず、跡地には出版社の建物が建つ。
そこには小型のモニュメントが建てられた。
近くの南長崎花咲公園にもモニュメントが建っているが、やはり跡地のほうが有りがたみがある。

トキワ荘についてはいまさら説明の必要もないだろうが、手塚治虫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、鈴木伸一、水野英子、よこたとくお、森安なおや、寺田ヒロオらが住んでいたアパートである。

映画ではその中の寺田ヒロオを主人公に据える。
寺田は、自分の作風・信念にかたくななあまり、時代から取り残される。

以前、わたしは頑固すぎるラーメン屋さんについて書いたことがあった。
その時に引き合いに出したのが山本周五郎の言葉だ。
「文学は最大多数の庶民に仕える」という言葉だった。

映画の中の寺田氏は自分の信念を貫き、出版社から次第にうとまれるようになる。
その辺りの苦悩が描き切れていなくて、単なる分からず屋のような感じさえする。
本当はもっと色々な思惑があったのだろうが、映画ではよく分からなかった。

ただ、表現者は多くの人の共感を得られてこそ、自己主張が可能となるのも事実だ。
世間に迎合するのではないが、世間と自己の主張をうまく融和させながら、創作する態度がないと独りよがりになってしまう。

寺田氏は、当時大流行した劇画タッチのマンガに嫌悪し、猛反対したらしい。
しかし、時代が劇画を求めているのであれば、その流れは止められない。
それなのに、劇画を描いている漫画家に自分の作品を送りつけ、「このような漫画を描け」と言ったこともあるそうだ。
不器用であるというのは、悪いことではない。
けれど、不器用な人が自己主張するときは、特に作戦が重要になってくる。
得てして不器用な人の自己主張は攻撃的になり過ぎるきらいがあるからだ。
自分自身、自戒の念を込めて。


トキワ荘跡地

跡地にあるモニュメント

トキワ荘の写真

公園にあるモニュメント

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