「兄貴、分かったって、いってぃ、何がどうしたんだ」
そう言った岩徳も川から目を離さずにいた。
「いや。当たってほしくねえ勘だがな。今日に限ってえらく流れが急だ」
「昨日の雨のせいだろう。河童も溺れるものらしい」
同心の佐々木がそう言う間にも河童は流されていく。
「船頭さん、もっと急いで漕いで下さいまし」
舟上の番頭は心配そうに前方の河童を注視していくが、その差は開いていく一方だ。
その時。
流れのはるか後ろから、ものすごい速さで泳いできたものがある。
濁った川の色のせいで陸からはよく見えない。
その生き物が舟を追い抜いて行ったとき、それまで懸命に櫓を漕いでいた船頭の松次郎は、
「ひえぃ」
と、奇声をあげて、その場にへたり込んでしまった。
「うぬ、仲間がおったか。ええい、構わぬ、あれも撃て」
長谷川平蔵は出番とばかりに声を張り上げた。
「速すぎて狙いがつけられません」
銃を持った同心がそう言うと、
「ええい、役に立たぬ奴じゃ」
平蔵は、自ら銃を奪い取るように手にすると、舟の上から狙いをつけた。
しかし、つぎの瞬間、平蔵は春の川の水をしこたま飲まされる羽目になる。
銃の狙いをつけた平蔵めがけ、鯉が飛んできたからである。
未確認の生き物が水中から投げつけてきたようである。
まともに鯉を額のあたりに受けた平蔵がついた尻餅のせいで、舟は大きく揺れ、平蔵はそのまま川に放り出された。
「長官(おかしら)」
同心が舟に座りこんだまま、悲痛な叫びを上げた。
「ありゃ、河童だ」
見物人はそれを見て呟くように言った。
そのつぶやきが段々、大きな声と変わっていく。
「あれこそ、正真正銘、本物の河童だ」
誰かのその声にどっという歓声が起こった。
歌舞伎役者瀬川菊之丞もこの時ばかりは、色白い頬を上気させ、興奮していた。
その河童とおぼしき生き物は、前を溺れるように流れていくもう一匹の河童に追いつくと、その河童を安全な岸まで押し上げた。見物人からは遠すぎてよく見えなかったが、押し上げた手だけははっきり見えた。
「ありゃ、確かに河童にちげぇねえ」
目のいい岩徳は、放心したようにぼそっと呟いた。
そう言った岩徳も川から目を離さずにいた。
「いや。当たってほしくねえ勘だがな。今日に限ってえらく流れが急だ」
「昨日の雨のせいだろう。河童も溺れるものらしい」
同心の佐々木がそう言う間にも河童は流されていく。
「船頭さん、もっと急いで漕いで下さいまし」
舟上の番頭は心配そうに前方の河童を注視していくが、その差は開いていく一方だ。
その時。
流れのはるか後ろから、ものすごい速さで泳いできたものがある。
濁った川の色のせいで陸からはよく見えない。
その生き物が舟を追い抜いて行ったとき、それまで懸命に櫓を漕いでいた船頭の松次郎は、
「ひえぃ」
と、奇声をあげて、その場にへたり込んでしまった。
「うぬ、仲間がおったか。ええい、構わぬ、あれも撃て」
長谷川平蔵は出番とばかりに声を張り上げた。
「速すぎて狙いがつけられません」
銃を持った同心がそう言うと、
「ええい、役に立たぬ奴じゃ」
平蔵は、自ら銃を奪い取るように手にすると、舟の上から狙いをつけた。
しかし、つぎの瞬間、平蔵は春の川の水をしこたま飲まされる羽目になる。
銃の狙いをつけた平蔵めがけ、鯉が飛んできたからである。
未確認の生き物が水中から投げつけてきたようである。
まともに鯉を額のあたりに受けた平蔵がついた尻餅のせいで、舟は大きく揺れ、平蔵はそのまま川に放り出された。
「長官(おかしら)」
同心が舟に座りこんだまま、悲痛な叫びを上げた。
「ありゃ、河童だ」
見物人はそれを見て呟くように言った。
そのつぶやきが段々、大きな声と変わっていく。
「あれこそ、正真正銘、本物の河童だ」
誰かのその声にどっという歓声が起こった。
歌舞伎役者瀬川菊之丞もこの時ばかりは、色白い頬を上気させ、興奮していた。
その河童とおぼしき生き物は、前を溺れるように流れていくもう一匹の河童に追いつくと、その河童を安全な岸まで押し上げた。見物人からは遠すぎてよく見えなかったが、押し上げた手だけははっきり見えた。
「ありゃ、確かに河童にちげぇねえ」
目のいい岩徳は、放心したようにぼそっと呟いた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます