埼玉少女誘拐 「森の妖精です…今なら増量です」寺内樺風被告が奇声、判決公判休廷
埼玉県朝霞市の少女(16)が昨年3月、約2年ぶりに保護された誘拐事件で、未成年者誘拐と監禁致傷、窃盗の罪に問われた寺内樺風(かぶ)被告(25)=千葉大を休学扱い=の判決公判が29日、さいたま地裁で開かれたが、被告が奇声を上げるなどしたため、松原里美裁判長は開廷直後に休廷を宣言し、その後、延期が決まった。
寺内被告は奇声を上げながら入廷。「私はオオタニケンジでございます」と話して被告席に着いた。
裁判長が前に出るよう促すと「私ですか?」と問い、生年月日を聞かれると「平成13年1月15日」「16歳」と実際と違う生年月日と年齢を言った。本籍も「和歌山県那智の滝」と虚偽の場所を答えた。
さらに「私は日本語が分からない」と話したため、裁判長が「私の質問は分かりますか」と質問。寺内被告は再び「私はオオタニケンジでございます」と話した。
職業を問われると「森の妖精です」。ここはどこですかとの質問には「トイレです。私はおなかが空いています。今なら、1個からあげクン増量中」と答えた。
裁判長が弁護人に「ずっとこの調子なんですか」と尋ねると、弁護人は「今朝からこの調子です」。裁判長は午前11時までの休廷を告げた。
公判は11時10分に再開したが、裁判長は判決言い渡しの延期を宣言した。期日は未定。
寺内被告はこれまでも公判で奇妙な言動を繰り返し、7月25日の論告求刑公判でも、裁判長に最後に何か言っておきたいことはと尋ねられ、「おなかが空きました」と答えていた。
起訴状によると、寺内被告は平成26年3月、朝霞市で当時中学1年の少女を車に乗せて誘拐。昨年3月まで千葉市や東京都中野区の自宅マンションで監禁し、少女に重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせたなどとしている。検察側は懲役15年を求刑している。
(2017 8/29 産経新聞)
「間違いありませんか」
松原裁判長に問われると、窃盗と未成年者誘拐の罪については「事実と相違ありません」と認めた。
一方で、監禁致傷罪については「数日から数週間監視したのは事実ですが、2年にわたり監視した意識はありません。というのも、彼女を家において外出したり、アルバイトに出社していたからです」と一部を否認。「かんぬき錠に関しましては強度が非常に弱く、強力接着剤で簡易的に取り付けたもので、物理的に簡単に取り外せる」などと、よどみなく説明した。
犯行の間も平然と大学に通い、就職活動も成功し、4月から会社員になる予定だった寺内被告。続く冒頭陳述からは、その内に秘められた狂気が明らかになっていく。
「女子中学生か女子高校生を誘拐、監禁して社会から隔離し、その変化を観察したい」
冒頭陳述などによると、寺内被告は遅くとも平成24年2月ごろからそう考えるようになり、過去の誘拐、監禁事件や洗脳に関する記事や書籍を読み、犯行のイメージを膨らませていった。
準備は周到だった。25年12月24、25両日に東京都内と神奈川県内で6組12枚のナンバープレートを盗み、車での犯行が発覚しないよう備えた。26年2月下旬、埼玉県の朝霞、新座両市の中学校の行事予定をインターネットで把握。3月4~6日、両市内の数カ所の中学校付近で1人で下校する女子中学生の後をつけ、後ろ姿や自宅を撮影する中で被害者の少女を見つけ、翌7日、少女宅の植木鉢に表記されていた名前を確認した。
そして10日。下校した少女に「両親が離婚することになった。弁護士から話がある」と話しかけ、嫌がる少女を車に乗せた。その場で「ちょっと休みたいです。しばらく友達の家です。さがさないでください」と書かせ、少女宅のポストに入れた。
車中では少女にアイマスク。ここで寺内被告は「両親が離婚するという話は嘘だ」と明かし、さらにとんでもない「理由」を言い出した。「本当はあなたの家庭に借金があり、あなたの臓器を売ってお金をつくろうと両親は考えている」。あらかじめ音声合成ソフトで作っておいた臓器売買に関する音声データを聞かせた。少女はただ困惑するばかりだったという。
千葉県の自宅では「私は捨てられた。帰る場所はない」と繰り返し書かせ復唱させるなどした。
また、洗脳の一環として、19、20日ごろ、アサガオの種から合成麻薬LSDに似た作用がある成分を抽出してドラッグを作り、少女の食事に混ぜて体調不良にさせたという。「具合が悪い」と訴える少女に、「寝てれば治るんじゃないか」。21日、少女が「逃げたい」と書いた手紙を見つけると、南京錠などをインターネットで注文した
公判では少女の供述調書も読み上げられた。そこには、寺内被告の部屋から抜け出して助けを求めたが聞いてもらえず、「ショックで絶望した」という衝撃的な内容があった。
調書によると、同年4月、寺内被告が「夕方まで出かける」と外出し、玄関に鍵がかかっていなかったため、少女は午前11時ごろに部屋を出て、近くの公園に着いた。そこで子供連れの女性に「ちょっといいですか? 聞きたいことがあるのですが」と話しかけたが、「忙しいから無理」と言われた。車に乗っている人と目が合ったため助けを求めようとしたが、車は行ってしまったという。
公衆電話を探したが見つからず、いったん部屋に戻った後、再び公園に来て年配の女性に「ちょっといいですか」と声をかけたが、「無理です」と断られた。少女は「全く話を聞いてもらえず、ショックで絶望した。誰も話を聞いてくれないんじゃないかと思った」と当時の心情を振り返った。寺内被告が言う通り、誰にも助けてもらえない状況だと思い込み、再び寺内被告の部屋に戻ったという。
「捨てられた、帰る場所がないという言葉が頭の中でぐるぐるして、涙は自然と出なくなり、うれしい、悲しいという感情がなくなった」
少女を救ったのは、寺内被告の目を盗んで検索したインターネットで、両親が「味方だよ、ずっと待っているよ」と自分にメッセージを送っていることを知ったことだった。「涙が出た。絶対逃げたいと思った」「受け入れてくれる。大丈夫だ」
今年3月27日、少女は中野区の部屋を抜け出し、JR東中野駅の公衆電話から自宅に電話をかけた。「日曜日で、2年前と変わっていなければ家族が家にいると思った。このチャンスを逃したら逃げられないと思った」
調書で少女は最後に、寺内被告への処罰感情について「刑務所から3~5年で出てこられるのは嫌だ。10年以上入っていてほしい。一生刑務所から出てこられない無期懲役にしてほしいと思います」と訴えた。
(2016.9.27 産経デジタル)
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