シェンヤン(瀋陽SHENYANG)生活体験記

中国東北部の瀋陽(昔の奉天、満州)。冬には-30度になる土地での驚きや感動を「初めて」の視線でおしゃべりしています。

合掌。阪神淡路段震災から17年。

2012年01月17日 | 瀋陽の冬
次男がお腹にいたあの日、
つわりで生活の流れも色々変わり、
この日、朝早くに目が覚め、
そっとテレビを付けて朝一番のニュース番組をつけていました。

そして、地震情報から始まった、あの一日でした。

そして、やっぱり次男がお腹にいて、大出血を起こし、
病院に入ったら、数日後に、病院の近くで、サリン事件がありました。

色々あった年でした。
その17年で復興を見せているとはいえ、取り戻せないものも存在します。

お腹にいた、その次男が無事出産を迎え、成長し、
震災やサリンのニュースに触れる度に、17年前を振り返っています。
我が次男は、高校1年生になりました。

「絆」
私が中学の時、学年通信の名前が保護者への公募で選ばれました。
それが「絆」でした。
担任教諭が毎週配布後、「絆 受け取ってない人~」と、
学年で「絆」といえば、学年通信でした。

子供と学校と保護者の絆。
私はそれに「感謝」を加えて、子供達に伝えています。
周囲の人達に感謝して過ごすように。

   ちなみに、、、
   長男の保育園時代、保育園内通信の名前が公募になりました。
   その保育園は、各学年のクラス名が、色の名前でした。
   赤ぐみ 青ぐみ ・・・ あと 何色だったかしら。
   で、けっこうたくさんの名前を提出したところ、
   「カラフル」が採用されました。
   
   あれから、それぞれ何十年が経っていますが、今でも使われているかしら?


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