これは笑いで始まります。
昔と言っても私が40代の頃です、何気なく車中でラジオを聴いていた。
著名な評論家が忠臣蔵の話をしていたのだ、昔の江戸は寒かったで始まった
はて?可笑しい、12月14日に雪相当寒かったと抜け抜けと喋る。
確かに現在では12月14日の雪では厳冬だろう。
でも聴いてると依り疑問は膨らむ、謎が解けた。旧暦と新暦の区別が付かないのだ
確かに赤穂浪士の討ち入りは元禄15年12月14日で有る。これを新暦(西暦)に直す
1703年1月30日に成る、雪が降っても可笑しくない時期だ、その時は年代までは知らなかったが、著名な評論家が旧暦と新暦区別が付かないとは常識知識を笑った。
現在の似非専門家やコメンテータは同類項だろう。
忠臣蔵の初演は300年も経つのに人気は強い、今でも12月(新暦)になるとドラマや再放送の映画が流れる、日本人の心の何かを掴んでいるのだろう。
私の幼少の頃は時代劇の映画が全盛だった、(草木も眠る丑三つ時)未だ記憶に有る。そこで細かいですが吉良邸に討ち入った時刻は(寅之上刻)と成って居ます現在では午前3時過ぎです。旧暦では午前3時を境に翌日になります正確には15日です。時々(討ち入り12月15日)に成っていますがそのためです。
世界には太陽暦(新暦)太陰暦(旧暦)中国歴グレゴリオ暦、多数の暦が有る。今度のコロナ問題の原点で有る(春節)連休もその中で旧正月から来ている。
私は太陰暦が好きだ、昔お袋の実家では旧暦で動いていた若しかしたら農民には便利なのかも知れない(飽く迄も私の想像)。
旧正月以前にお袋と好きな山に入り、木の実や冬場に有る色々な物を拾て居たら叔母に大声で怒鳴られた、正月前には山に入らぬのが風習らしい。
また月の満ち欠けで日にちを感じるのが好きだ。そして満月の呼び名で季節を感じる実に風流で有る。
でも一つ疑問が有る東京近辺ではお盆は新盆だが、盆の連休は旧暦を元にしている不思議だ、でも俳句の季語に一部残っているのは嬉しい。
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