力ある風出てきたり鯉幟 矢島渚男
森田峠の初期に「寄らで過ぐ港々の鯉のぼり」があって、これらの鯉幟は海風を受けているので、へんぽんと翻っている様子がよくうかがえる。が、内陸部の鯉幟は、なかなかこうはいかない。地方差もあるが、春の強風が途絶える時期が、ちょうど鯉幟をあげる時期だからだ。たいていの時間は、だらりとだらしなくぶら下がっていることが多い。そこで、あげた家ではいまかいまかと「力ある風」を期待することになる。その期待の風がようやく出てきたぞと、作者の気持ちが沸き立ったところだろう。シンプルにして、「力」強い仕上がりだ。鯉幟といえば、「甍の波と雲の波、重なる波の中空に」ではじまる子供の歌を思いだす。いきなり「甍(いらか)」と子供には難しい言葉があって、大人になるまで「いらか」ではなく「いなか」だと思っていた人も少なくない。「我が身に似よや男子(おのこご)と、高く泳ぐや鯉のぼり」と、歌は終わる。封建制との関連云々は別にしても、なんというシーチョー(おお、懐しい流行語よ)な文句だろう。ほとんどの時間は、ダラーンとしているくせに……。ひるがえって、鯉幟の俳句を見てもシーチョーな光景がほとんどで、掲句のように静から動への期待を描いた作品は珍しいのだ。俳句の鯉幟は今日も、みんな強気に高く泳いでいる。『翼の上に』(1999)所収。(清水哲男)
【鯉幟】 こいのぼり(コヒ・・)
◇「吹流し」(ふきながし) ◇「吹貫」(ふきぬけ) ◇「矢車」(やぐるま)
現在では外幟というと鯉の形に作られた「鯉幟」が主流になった。5色の「吹流し」と共に旗竿に付けられる。「五月鯉」を初節句の男子の祝いに用いるのは、鯉が出世魚とされることから、その縁起による。「吹流し」は鯉幟と共に立てるもので、幾条かの細長い絹を円形または半月型の枠に取り付けて旗竿の端に結び付けて風になびかせる。元来は武士が戦場で用いたものであった。「矢車」は矢羽根を放射状に取り付けて風車のように作ったもの。幟竿の頂きに取り付けられる。
例句 作者
鯉幟一気に空のものとなる 西岡正保
鯉幟富士の裾野に尾を垂らす 山口誓子
吹流しわが人生の持ち時間 鈴木智子
矢車も加波も映せる朝田の面 矢中けぬを
外房の太陽と風鯉幟 藤井圀彦
一村は水田に泛かび鯉のぼり 遠山輝雄
鯉を飼ふ水に矢車影正す 早川暢雪
みちのくは小家小家の鯉幟 原 石鼎
蛇行する坂東太郎鯉幟 福島壺春
やはらかき草に降ろして鯉のぼり 小島 健