咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村汀女
苦しそうに咳をしながらも、いつまでも「なぞなぞあそび」に興ずる子ども。気づかう母親は「もうそろそろ寝なさい」と言うが、意に介さず「きりも」なく「あそび」をつづけたがる。つきあう母としては心配でもあり、たいがいうんざりでもある。私は小児喘息だった(死にかけたことがあるそうだ)ので、少しは覚えがある。「ぜーぜー」と粗い息を吐きながら、母にあれこれと他愛のない「問題」を出しては困らせた。しかし、咳でもそうだけれど、喘息の粗い息も、何かに熱中してしまうと、傍目で見るほど苦しくは感じられないものだ。慣れのせいだろう。が、もう一つには、子どもには明日のことなど考えなくてもよいという特権がある。だから、いくら咳が出ても、精神的な負担にはならない。いよいよ苦しくなれば、ぺたんと寝てしまえばよいのである。同じ作者に「風邪薬服して明日をたのみけり」があり、このように大人は「明日を」たのまなければならない。この差は、大きい。「なぞなぞ」といえば、小学生のときに「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。なあんだ?」と、友だちに聞かれた。答えは「人間の一生」というものだったが、そうすると、いまの私は夕方くらいか。夕方くらいだと、まだ「明日を」たのむ気持ちも残っている。羨ましいなあ、ちっちゃな子は。「咳」「風邪」ともに、冬の季語。読者諸兄姉におかれましては、お風邪など召しませんように。『女流俳句集成』(1999)所載。(清水哲男)
【咳】 せき
◇「咳く」(しわぶく) ◇「咳く」(せく)
風邪の症状のひとつ。気管支が寒気に刺激されても出る。
例句 作者
妻の留守ひとりの咳をしつくしぬ 日野草城
行く人の咳こぼしつゝ遠ざかる 高浜虚子
咳をして言ひ途切れたるままのこと 細見綾子
咳くと胸の辺に月こぼれきぬ 角川源義
ふるさとはひとりの咳のあとの闇 飯田龍太
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村汀女
咳熄んで大きな石をみつめゐる 菅原鬨也
そこここに虚子嫌ひゐて咳払ひ 鷹羽狩行
ジャズの中咳を落してわが過ぎぬ 石田波郷
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