反論のありて手袋はづしけり 西村弘子
季語は「手袋」で冬。これは、ただならぬ雰囲気ですぞ。喧嘩ではないにしても、その寸前。と、掲句からうかがえる。作者自身のことを詠んだのかどうかは知らねども、句を見つけた俳誌「鬼」(2004/No.14)に、メンバーの野間一正が書いている。「弘子さんは、意見をはっきり述べ納得するまで自説を曲げない。一方、頭脳明晰、理解早く、後はさばさば竹を割ったようなさっぱりとした性格の、大和撫子である」。いずれにしても、こういうときの女性特有の仕草ではあるだろう。男が「手袋」をはずしたって、別にどうということはない。ほとんど何のシグナルにもならない。しかし、女性の場合には何かが起きそうな気配がみなぎる。状況としては、相手と一度別れるべく立ち上がり、手袋をはめたのだが、立ち上がりながらの話のつづきに納得できず、もう一度坐り直すという感じだ。周囲に知り合いがいたら、はらはらするばかり。知り合いが男の場合には、口出しもならず、ただおろおろ。決して喧嘩ではないのだけれど、私も周囲の人として遭遇したことは何度かあって、疲れている場合には内心で「いい加減にしろよ」とつぶやいたりしていた。でも、女性がいったんはめた手袋をはずすだけで、その場の雰囲気が変わるのは何故だろうか。それだけ、女性と装いというのは一心同体なのだと、いかにも知ったふうな解釈ですませてもよいのだろうか。ううむ。『水源』(2004)所収。(清水哲男)
【手袋】 てぶくろ
◇「手套」(しゅとう) ◇「マッフ」 ◇「マフ」
手や指を寒さから守るもの。毛糸で編んだものが主流だが、皮革も好まれる。「マッフ」は両側から手を入れて暖める円筒形のもので、小物入れを兼ねたものもあるが、現在ではほとんど使用されない。
例句 作者
月光が革手袋に来て触るる 山口青邨
手袋を脱ぐとき何か忘れをり 辺見じゅん
手袋の手をたゞひろげゐる子かな 松根東洋城
手袋の手を置く車窓山深み 宇佐美魚目
手袋をはめ終りたる指動く 高浜虚子
玻璃くもり壁炉の上に古マッフ 栗原とみ子
手袋に五指を分かちて意を決す 桂 信子
手袋の十本の指を深く組めり 山口誓子
手袋をぬぐ手ながむる逢瀬かな 日野草城
怒も寒もわが手袋の中なりけり 橘川まもる
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