連日、関西電力と福井・高浜原発にまつわる原発マネーの循環が取りざたされている。「やっぱりそうだったかー」という想定内の感想だ。3200億円の金品が動いたというが、これだけでは済まされない規模の原発マネーが動いてきたのは言うまでもない。全国で動いた巨額の原発マネーの汚染は地域・人間を分裂させていく。
原発建設といい、再稼働といい、暗躍する電力会社や関連業者や行政の秘密工作・隠蔽工作は以前からすさまじかった。原発マネーの裏金は一部の利益者を豊潤にし、公的施設の箱もの建設で住民の目先の利益をかっさらう。さらには福島のメルトダウン事故のおかげで工事請負費をたんまりいただく構造も見えてくる。庶民の電気料金はどんどん値上がりしていくのに電力会社は赤字にならない料金設定だ。だから原発事故が起きても黒字で乗り切れる。
企業や行政に社会的倫理というものが喪失してしまった。明治期には「報徳思想」が顕在し今でいうNPO的な先導的な活動が機能していた。首長は自分の財産を地域のため提供していた。それが最近の大企業は軒並みそういう企業倫理を事実上捨て去り利益第一主義に狂奔してきた。だから、このごろの殺人事件といい、子どもへの虐待といい、あおり運転といい、政治家の暴言といい、お粗末な事件に事欠かない。
放射能で故郷や国が汚染されても、自分の利益さえ入手できればいいのだ。原発マネーは地域と住民の心を貶め、人間を分裂・解体させていく。
国連で演説したスウエーデンの16歳のプレタさんは涙で訴える。生態系や大量絶滅が始まっているのに、「あなた方が話すことは、お金のことや永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね。」
もう、日本の恥じらいの文化は死んでしまったのだろうか。