蘊蓄cafe

-日々発見、身の回りの話題 【うんちくカフェ】-

年賀状の消印

2009年01月06日 | 独り言
 出し遅れた年賀状には、昔は1月4日くらいから消印が押されていたような気がするが、今は1月7日に投函したものまでは消印が省略される。
 そこで、未使用と使用済みの区別がつかないのではと疑問に思うムキもありそうだが、消印される郵便物も、消印が省略される郵便物も、郵便物の区分け機を通った際に受付局と配達局の情報が見えないインク(ブラックライト(紫外線灯)で光って見える)でバーコード印刷されるため、未使用・使用済みの別が分からなくなることはないのだという。
 バーコードがどこに印刷されているか分かる?

今年の年賀状

2009年01月06日 | 独り言
 年賀状を出すのをやめてからけっこうたつ。
 以前、毎年、自分の写真をポストカードにして年賀状を出していたことがあった。暗室で印画紙に一枚一枚焼いて現像・定着・水洗し、乾燥してカーリングした印画紙をしばらく重石をして平らにするという大変な作業で、部屋のそこらじゅうが足の踏み場がないほど乾燥中の印画紙だらけになったものだ。それから切手を貼って宛名を書いて・・・とさらに手がかかる。ただでさえ、年末の仕事のドタバタと、帰省もあるので、作成枚数がある程度増えた時点で、もう限界!ときっぱりやめることにした。喪中とインターネットメール等の普及が進んだこともきっかけになったのだと思う。

 もっとも、年賀状の良さというのはやはりあり、工夫されたデザインや添えられた一言にその方の個性が感じられるのは面白い。また、年賀状のパソコンソフトは、優れモノで、住所録管理と「一番の苦痛」である「宛名書き」、図柄印刷まで極めてきれいにあっという間にやってくれるのだ。何百枚あろうと怖いモノなしである。これはすごい。

 ただ、その後には「二番目の苦痛」である「一言書き」がある。これは自分の手で書くのだろう。これがない年賀状は味気ない。いくらきれいに宛名が印字されていても、いくら年賀状ソフトのきれいな干支の絵が張り付けられていても、個性がない。目にする度にこんなのやめればいいのにと思うこと度々である。インターネットや携帯などの代替手段が普及した昨今、年賀状にこだわるのはいかがなものか(個性がない年賀状になってしまうのであれば)。もっと枚数を絞って面白い年賀状を作ってみてはと思うのだが。

 私は、年賀状をやめてから、ゆったり年末年始を過ごようになった気がする。我が家の正月は、毎年、父親が年末年始、家族とろくな話もせず年賀状ばかり書いている味気ないものだったという記憶がある。それが故に年賀状が嫌いになったのかもしれない。
 その父親も歳をとり、私が代わってパソコンの年賀状ソフトで作った一言書きのない味気ない年賀状を出すこととなった。それも今年が最後の年賀状になりそうである。