快気分析

何か快適な気分になれるような記事にしたいです。

仕組みとアプローチ -  バヌアツのエリアでM5.8の地震発生

2017-11-26 19:46:05 | 地震 津波
 バヌアツそのものでは有りませんがバヌアツエリアに該当する所で目立つ地震が有りました。

引用開始(一部抜粋)

https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2017-11-25 17:30:01.9 20.67 S 172.62 E 10 5.8 VANUATU REGION

引用終了

 これだけならばM6にも達していないのでさほど気にする事でもないのですが、バヌアツでの火山噴火も考慮すると全体ではバヌアツの地震に換算すればある程度の地震規模になるのではないかと考えました。

引用開始(一部抜粋)

http://www.afpbb.com/articles/-/3144439

【9月26日 AFP】(写真追加)南太平洋の島国バヌアツで火山が噴火し、同国政府は非常事態を宣言するとともに住民数千人を島から避難させた。当局発表および報道により26日、明らかとなった。噴火によって噴石や火山灰が住宅付近にまで降り注いだという。

引用終了

 その後に島民が戻ったと言う話も聞かないので依然として火山活動は活発と思われます。
 バヌアツでは更にヤスール山も噴火が活発な状況のようです。
 地震と火山噴火を総じて考えると、プレートや地殻の活動がこのエリアで活発化しているようで、仮に境界層の固着が現状よりももっと多くて噴火が無かったとして火山噴火を地震に置き換えた場合にどの程度のマグニチュードのすべきか、となるとあまり明確化は出来ないのですが、やはりバヌアツのM6以上の地震に相当すると見た方が良いのではないかと考えています。
 ここ2,3日、ロイヤリティ諸島エリアの地震があまり無くなったと思ったらバヌアツエリアです。
 やはり突っかえ棒の交代が相互に起きているのでしょうか。
 

仕組みとアプローチ -  本能寺の変 毛利氏が秀吉よりも早く信長襲撃実行を知っていた可能性は高い

2017-11-26 11:02:19 | 地震 津波
 旧足利幕府奉公衆である伊勢貞興、諏訪盛直、御牧景重らが織田信長襲撃の機会を常日頃から伺っていたとすれば、襲撃実行の直前に足利義昭への伝令を送っていた事は十分に考えられます。
 その場合は織田方が制圧していた近畿、中国エリアの検問も当然、本能寺の変の事を知らないわけで、「秀吉への援軍を考えている信長や、援軍を予定している光秀らからの使者」という名目で早馬などで楽々検問所を通過出来たと考えられます。
 検問所が知る前に通過してしまえば逃げ切れるわけです。
 その使者が秀吉の所に行ったのかと言えばそうでは無く、足利義昭の所へ急にコースを変えてもそれを阻止する事は秀吉方も不可能だったと見て良いかと思われます。
 本能寺の変は発生直前に既に伝令が送られ、起きた直後には足利義昭経由で毛利氏に「信長襲撃実行」と言う形で情報が届いていた可能性が有り、その場合は秀吉よりも早かった事も十分に有り得ます。
 そうであったなら当時毛利氏の4万とも言われる軍勢に対しつつあったたかだか2万の軍勢の秀吉が織田方からの情報で本能寺の変を知ったのではなく、逆に毛利氏から「こんな話があるんだけどね」と脅されて、後ろ盾を失った事に気が付いて慌てて姫路城まで逃げ帰った、と言う見方もできるわけです。
 本能寺の変の一報では信長が生きているかどうかもわからなかったわけですから、変の起きる前に放たれた伝令による信長襲撃実行の情報であってもさして違いはなかった、と見て良いかも知れません。
 旧足利幕府奉公衆が信長襲撃実行日と場所決定の事を、予め決められていた合言葉(暗号化された表現)で表現した書状を持った伝令が、新月かその前後期間であっても日中の早馬で楽々と足利義昭や毛利氏の所へ届けていた可能性は十分に有る、と筆者は考えています。